一般社団法人 日本生活習慣病予防協会 池田 義雄 理事長(現 名誉会長)インタビュー女性と生活習慣病予防
池田 義雄 名誉会長(写真左)と海原 純子 氏
【インタビュアー】日本医科大学特任教授 海原 純子 氏――
生活習慣病については広く知られてきましたが、男性のイメージが強く女性の生活習慣病はあまり馴染みがないように思います。今回は女性の生活習慣病予防についてお話をお伺いできればと思います。
一般社団法人 日本生活習慣病予防協会 池田 義雄 理事長(現 名誉会長)――
“生活習慣病”とされる病態はかなり多様性に富んでいるのですが、いずれにしても現代の生活習慣病で一番問題になっているのは「肥満」です。特に内蔵脂肪型肥満については圧倒的に男性が多く、肥満度で見ても女性の肥満者の方が少ないため、生活習慣病全体の罹患率、発症率は女性が低く平均寿命も長いのです。
例えば老人ホームや介護施設を見ると、圧倒的に女性が多くお元気です。先日も信州で友人に案内されたお洒落なカフェでは男性客は私共だけで、それ以外は全て中高年の女性で満席でした。女性の皆さんは、積極的に交流を深めている様子でした。
海原 氏――
女性が元気でイキイキしているのはいいことですね。
筋肉を意識して身体を動かそう
池田 理事長――
ただ、その中には、外国人女性のような太り方ではありませんが、太り気味の方をお見かけすることがありますね。地方に行くと都会とは違って車社会ですから車が無ければ生活出来ない、車が運転出来なければ生活行動範囲が狭くなってしまう。それは何をもたらしているかと言うとまさに運動不足です。生活が便利になったという背景において運動不足は、自分の身体を使う機会が減っていることを表します。
健康づくりのために身体をよく動かしましょうと言いますが、要は筋肉を刺激することが大切です。筋肉組織は大小約500ありますが、この約500の筋肉組織に一定の刺激を毎日与える事が健康寿命の延伸に非常に大きく貢献します。
日々の生活で使う筋肉はせいぜい200から300。残りの4割をほとんど使わずにいると萎縮に向かってしまいます。それが起こり始めるのが60代以降です。最近は、意識してたくさん歩く方が多くなりこれはとても良い傾向ですが、下半身は筋肉全体の6割、上半身の筋肉はその気にならないとなかなか使えません。ぜひ筋肉に関心を寄せ、筋肉が萎えないようにという思いで身体を動かしていただければと思います。
海原 氏――
筋肉を意識して身体を動かすことが大切なんですね。
池田 理事長――
私が育った時代は、家事を管理しているのは全て母でした。お手伝いさんもいましたが、その労働量が相当な運動量になっていました。少なくとも昭和30年代までは、女性に限らず男性も運動不足はさほど問題でなく、むしろ栄養面が懸念されていました。しかし昭和30年代以降、栄養価の高いものが気軽に食べられ、しかもそれが脂肪を多く含み非常にうまみがある、そんな豊かな食生活へ変化していきました。そういうものが出てくる中で男女共に運動量は減っていく。太りやすい生活環境になったのです。日本人の死因のトップ3は、がん、動脈硬化、感染症。昨今話題の認知症も、広義にとらえれば生活習慣病の1つ。これらは生活習慣と強く紐付いているわけですが、どういう人に多いかと言えば、肥満と非肥満で分ければ、やはり肥満の方が不利になります。
日本人の寿命は延びていますが、やがては誰もが死を迎えます。これからは最後の疾病期、生活の質が低下する期間をできるだけ短く、健康寿命を延ばすことが課題となります。
生活習慣病予防のために“一無、二少、三多”を
海原 氏――
健康寿命の延ばすために、生活習慣病をどのように予防すればよいですか?
池田 理事長――
年代問わず、日々の生活習慣をしっかり見直して、それを適正に行っていただく事が大事だと考えています。一般社団法人日本生活習慣病予防協会では、生活習慣病を予防するために“一無、二少、三多”という健康標語を掲げ啓発活動を行っています。
海原 氏――
とても有名な標語ですね。先生がご考案されたんですよね。
池田 理事長――
はい、ですがいきなりこの発想があったわけではありません。実は明治の元勲・西園寺公望公は糖尿病を患っていましたが、“一少、三多”の生活をして80歳を超える長命で現役で活動を続けられました。“一少”は小食、“三多”は多動、多休、多接(たくさん動いてしっかり良い睡眠をとる。そして多くの人や事とつながりを持つ)です。
西園寺公は特に“多接”に留意され、多くの人、物、事に接し、友愛活動を続けられたそうです。生涯妻はめとらなかったものの芸者さんとの交流が活発だったとのこと。一方、西園寺公と対極的にあるのが明治天皇です。明治天皇と西園寺公は非常に親しい間柄でしたが、生活面が全く異なりました。西園寺公は前述のような生活ぶりで糖尿病がありましたが“一少、三多”でそれを克服。明治天皇は京都御所時代の若い頃は質素な食事で、馬にも乗り自分で歩いていたので肥満はなかったのですが、東京に出てきて食生活が変わり、身体を動かす事も少なくなり、40代には100kgに近い肥満体になってしまい、糖尿病による腎臓病(尿毒症)のため62歳で亡くなられました。このように、明治天皇も西園寺公望公も同じような糖尿病体質だったと思われますが、寿命は20年の差に表れました。
海原 氏――
生活習慣が、どれほど寿命に影響するかがわかるエピソードですね。
池田 理事長――
“一少、三多”は朝鮮半島で言われたもので、それを西園寺公が学んだと言われていますが、現代の日本人にあてはめると、それでは少し物足りないと思いました。そこで、喫煙しない“一無”とお酒はほどほどにの意味を込めた“少酒”を入れ、“一無、二少、三多”の標語に整えました。このコンセプトはもちろん男女を問いませんが、女性の生活習慣病の中でも生かしていただければと思います。
海原 氏――
“一無、二少、三多”は、現代人が気をつけるべきキーワードが凝縮されているんですね。
池田 理事長――
現在、全女性の平均喫煙率は10%前後ですが、気になるのは若年女性のそれが高めな点です。若い頃に喫煙習慣が始まると、生涯吸い続ける方が多い。この喫煙と生活習慣病の関係はがんも含めて動脈硬化についても非常に密接です。また、喫煙者の方が肥満度の高い人が多いことも含め、喫煙の弊害による医療費は男女共に増えています。
海原 氏――
喫煙は“百害あって一利なし”はもう常識ですよね。
池田 理事長――
現代日本人の食生活はそれほど悪い状態ではありませんが、自分の体の状態や体重をいかに日々チェックし、その結果をフィードバックしてまた食生活に反映するという意識が必要だと思います。
具体的には、食事の量と質、この2つを念頭に置きながら食べ、体重、体脂肪、腹囲などをこまめにチェックすることをお勧めします。
海原 氏――
チェックと修正を重ねていくことが肥満防止につながるわけですね。
池田 理事長――
はい、食べることによる肥満への影響は、体重を測る等のチェックが有効です。ただ、その最終結果については毎日の“お通じ”を自分で確認することが有効です。
昔のお手洗いだとなかなか自分の便をしっかり確認することはできませんでしたが、現在は水洗トイレの時代ですから、自分の便を確実に確認できます。便のにおい、色が正常で変わりないことに加え、自分の体調も良いかなどを毎日チェックすることはとても大切です。ただ、チェックしたくても便が出ない「便秘」は現代人の大きな問題で、特に女性に多い。
海原 氏――
女性で便秘の方は多いですね。ストレスも背景にあると思いますが。
池田 理事長――
最近は食事と関連して、“腸内細菌”が非常に話題になっています。研究でいろいろな事がわかってくるなかで、いわゆる“善玉”と言われるものが個々人によって異なり、人によっては“善玉”でないことがある。つまり、良いと思ってとった腸内細菌が、必ずしもその人にとって良い状態をもたらしていないことが意外に多くあります。ですから、腸内細菌が良い状態に保っているかをご自身で確認する事が大事なのですが、その確認材料が“お通じ”です。便は、身体から毎日届く“お便り”であること、覚えておいてください。
海原 氏――
身体からの通知表みたいなものですね。
「酒は百薬の長」の本当の意味
池田 理事長――
現代は、女性がお酒を飲むことはふつうの時代になりましたが、この飲酒も女性の方が嗜癖に陥りやすいことを心得てください。“キッチンドリンカー”という言葉はずいぶん昔から使われていますが、キッチンに限らず“家飲み”する人は多いのではないでしょうか。
飲酒は、摂取量もさることながら、日々一定量を飲み続けることで、アルコールによる軽度の肝障害も生じ、長い目で見ていくと脂肪肝も含め、一定の代謝障害に対して非常に大きな影響を持つようになっていきます。「飲んで楽しい」、「飲むとよく眠れる」というような話はたくさんありますが、やがて40代から50代、60代と加齢を重ねていく中で、依存度がだんだん強くなる人もいます。
「酒は百薬の長」という言葉は中国が発祥です。当時はまだたばこがそれ程普及していない時代でしたので、庶民が一番よく消費するお酒に税金をかけると租税効果が高くなると考えた官僚がいました。お酒に価値を与えれば消費量が上がり、税金が沢山入ると考え、「酒は百薬の長」と価値をつけたわけです。この格言に医学的な根拠は全くありません。中国5千年の歴史で、医学に関する記述としてお酒が身体に良いという事は1行も書かれていない。しかしながら、「酒は百薬の長」という考えは東洋で普遍化した思想となっています。
海原 氏――
お酒に税金をかける為のパブリシティだったとは知りませんでした。
池田 理事長――
しかし、日本で「徒然草」を紐解いてみると、「万(よろず)の病は酒よりこそ起これ」との記述があります。つまり、兼好法師は現実を直視して、やはりお酒を飲む人は色々な病気にかかっているという事に当時から既に気づいていたわけです。「酒は百薬の長」という見方がある一方、現実には万(よろず)の病はお酒から起こるので気を付けましょうと進言しているわけです。
日本人の6割はアルコールを分解する酵素が少ないか欠落しているので、お酒を飲むと顔が赤くなったり、わずかなアルコールで心臓がドキドキしたりする人が大勢います。自分の体質がアルコールを分解する上で機能が劣っていると分かったら、やはりアルコールを遠ざけた生活が望ましいのです。
海原 氏――
そうすると赤ワインの“フレンチパラドクス”を、そのまま日本人に当てはめるのは妥当ではないという事ですね。アルコールを十分に分解する酵素があるフランス人にとっては赤ワインをグラス1〜2杯飲むと動脈硬化予防に効果があると言われますが、分解酵素がない日本人には当てはまらないという。
池田 理事長――
そうですね。しかも“フレンチパラドクス”は、抗酸化作用が健康寿命の延伸に寄与するというような話にまでなっていますが、どのくらい赤ワインを飲めば抗酸化力が得られるのかというと、一度に赤ワイン3本程度は飲まないといけません。つまり現実的ではないのです。
海原 氏――
それは普通の人は無理ですね。
池田 理事長――
女性の皆さんは健康増進や健康寿命延伸に興味を持ち、意欲的に活動されています。ぜひ、“一無、二少、三多”に留意され、できるだけ長く健康寿命を延ばし、“ピンピンコロリ”をめざしたいところです。
海原 氏――
先生のお話を伺い、元気が出ました。貴重なお話を有難うございました。
(このインタビューは、2018年4月に行われました)
関連情報
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2020年04月 更新