11. メタボリックシンドロームの検査と自己チェック
病気の治療と検査
どんな病気でも、治療を進めるうえで「検査」は欠かせません。例えば「胸が痛い」と訴えて医療機関を受診した患者さんの場合、血圧を測ったり、血液検査をしたり、Χ線(エックスせん)写真や心電図をとったりして確かな診断がなされ、そこから治療がスタートします。治療を始めたあとに、病気が快方に向かっているのかそうでないかを知るためにも、やはり検査が必要となります。
このように、患者さん自身で自分のからだの異常を自覚している場合もありますが、自覚症状が現れにくい病気を早期発見するためにも検査が使われます。いわゆる「健康診断」として行われる検査は、これに該当します。
なぜ健康診断が必要かと言えば、病気を早期に発見して治療をスタートしたほうが、より高い治療効果を期待できます。またそれによって、例えば命を失うとか、からだに障害を生じてしまうといったことを防ぐこともできるからです。最初に挙げた、「胸が痛い」という症状にあてはめて考えてみましょう。
胸が痛い原因が心筋梗塞だったとします。心筋梗塞という病気は、最初の発作で3割ぐらいの方が亡くなる怖い病気です。最初の発作を切り抜けたとしても、心臓の働きが障害されてしまうので、活発に日常生活がおくれない、つまり生活の質(QOL)が低下します。また発作の再発にも気をつけないといけません。
このように怖い心筋梗塞ですが、初回の発作まで、全く自覚症状がないことが少なくありません。狭心症を経て心筋梗塞になる方もいますが、そうでない方も多いのです。しかし、もし検査によって心筋梗塞になりやすい状態を事前に把握できれば、その発症を防ぐ治療を進められます。それによって命を守るという、はかり知れないメリットを得られます。
「自分のからだは自分が一番よく知っている。どこか調子が悪くなってから検査を受ければよい」と言って、健康診断を受けたがらない人や、健康診断の結果になにか注意事項が出ているのに無視している人がいます。そういう人は、せっかく得られるはずの大きなメリットを、みすみす見逃してしまっていると言えます。
メタボリックシンドロームにおける検査
それでは、メタボリックシンドロームにおける検査の話に入りましょう。
メタボリックシンドロームとは何かということについて、このコーナーでは何度も解説しましたが、改めて簡潔に表現しておきます。メタボリックシンドロームとは、まず、「動脈硬化が進みやすい状態」であるということが第一です。加えて、動脈硬化を進ませる原因として以前から知られていた高脂血症(脂質異常)や高血圧、糖尿病などの病気の診断基準に該当しないか、該当するとしてもごく軽症と判断されて見逃されかねない状態です。しかしながら軽度の異常が複数あると相乗的に作用して動脈硬化が進行しやするなることが明らかにされてきました。
ですから、メタボリックシンドロームに当てはまるのであれば、動脈硬化の進行を抑えて、心筋梗塞や脳梗塞にならないための対策が求められます。その対策を国民全体の規模で進めて、健康診断でも従来から行われてきた高脂血症(脂質異常)や高血圧、糖尿病の検査に加えて、受診者の中からメタボリックシンドロームを見つけ出す必要性が生じてきました。そのような必要性の結果として、2006年にメタボリックシンドロームの診断基準が設けられたのです。
診断のための検査項目
では、その診断基準をみてみましょう。
メタボリックシンドロームは、一人の人に複数の検査値異常が現れている状態で、その原因のおおもとは、腸の周囲に必要以上の脂肪がつくこと、つまり「内臓脂肪の過剰な蓄積」です。
内臓脂肪がどのくらい溜まっているのかを正確に調べるには、CTスキャンによる画像検査が必要です。おへその位置での内臓脂肪の面積が100平方センチメートル以上あると、血清脂質や血圧、血糖などの検査値の異常の頻度が増えることが統計的に明らかにされています。
しかし、まだ自覚症状がなく当然ご本人は病気だとは思っていない人も含め、国民全員に健康診断でCT検査を実施するには、膨大な時間と費用がかかり、現実的ではありません。そこで、内臓脂肪面積と腹囲の相関関係を調べ、腹囲から内臓脂肪の過剰蓄積を判断する方法がとられるようになりました。
幸い日本は、CT画像診断装置が広く普及していたおかけで、多数の日本人を対象とした研究結果があり、より信頼のおける数値を得ることができました。それらのデータから、おへその位置で測った腹囲が男性は85センチ以上、女性は90センチ以上という基準が設定されました。
この腹囲の基準値を上回り、かつ、血清脂質、血圧、血糖のうち2項目以上の検査値異常があるときは、内臓脂肪過剰蓄積によるからだへの悪影響が現れている状態だと判断されます。つまり、メタボリックシンドロームと診断されます。
なお、今後の研究で、動脈硬化性疾患のリスクが高いのはどのような人なのかがより詳しくわかってくれば、診断基準が改められる可能性もあります。
病気の経過をみるための検査項目
メタボリックシンドロームとわかったなら、それを放置せず、しっかり対策をたてることが大切です。具体的には、過剰に溜まった内臓脂肪を解消することが求められます。
よく、メタボリックシンドロームは大きな氷山にたとえられます。氷山のうち、海面の上に出て目に見えている部分は、氷山全体のごく一部で、大部分は海面下に隠れています。ですから、仮に氷の山を低くしようとして、海面上に出ている部分をガリガリ削ったとしても、氷山全体が浮き上がってくるので、なかなか山は低くなりません。それよりも、海面下に隠れている氷の本体を溶かすことのほうが大切で、そうすると氷の山の頂きが全体的に低くなります。
メタボリックシンドロームにおける内臓脂肪は、海面下の氷山本体に相当します。そして、いろいろな検査値の異常は海面上に飛び出ている氷の山です。検査値の異常を薬で改善するのは、海面上の氷の山をガリガリ削る方法にあたり、メタボリックシンドロームの本体である内臓脂肪を減らすことにはあたりません。ですから効果は限られたものですし、いくつのも検査値異常を下げるためには何種類もの薬を飲まなければならなくなります。反対に、運動を心掛けたり食習慣に気をつけたりして内臓脂肪を減らせば、複数の検査値の異常が改善してきます。
気をつけたい検査・チェック項目
メタボリックシンドロームと関係がある検査・測定項目の意味と基準値をまとめてみます。ご自身で測ることができる検査と、医療機関で受ける検査にわけてまとめてみます。ご自身で測定できる検査項目は、記録にとって、日々の自己管理に役立てましょう。
ご自身でも測れる測定項目
- 腹囲
- メタボリックシンドロームの病態の基本である内臓脂肪の蓄積の程度を確認します。おへその位置で測り、男性は85センチ未満、女性は90センチ未満が基準です。
- BMI(体格指数)
- BMI(BodyMassIndex)は肥満度の指標で、体重(kg)を身長(m)で2回割った数値です。BMIが22になる体重が最も健康的な標準体重で、BMIが25以上は肥満と判定されます。なお、BMIが25未満でも、腹囲が前記の基準値を上回っていれば「内臓脂肪型肥満」に該当します。
- 体脂肪率
- 体重に占める脂肪の割合のことです。男性は15〜25パーセント、女性は20〜30パーセントが標準です。
- 血圧
- 医療機関で測定した血圧値が、収縮期血圧が140mmHg以上か拡張期血圧が90mmHg以上のとき高血圧と診断されます。ご家庭で測定する場合は一般に医療機関で測定した値よりも低くなるので、135/80mmHg以上で高血圧と考え、135/85mmHg以上なら確実に高血圧で治療が必要とされます。なお、メタボリックシンドロームの診断では、130/85mmHgが基準値で、より厳しい数値になっています。
- 尿糖
- 健康な人は陰性です。メタボリックシンドロームを見つけるには、食後2時間後ぐらいに測ってみるとよいでしょう。そのときだけでも陽性になるなら、医療機関でしっかりと検査を受けてください。
医療機関で行われる検査の項目
- トリグリセライド(中性脂肪)
- 150mg/dL未満が基準値で、それ以上なら、高脂血症(脂質異常)のタイプの一つの「高トリグリセライド血症」と診断されます。メタボリックシンドロームの基準値も同じです。
- HDL- コレステロール
- 善玉のコレステロールなので、数値が高いほうがよい検査値です。40mg/dL以上が基準値で、それ未満なら、高脂血症(脂質異常)のタイプの一つの「低HDL- コレステロール血症」と診断されます。メタボリックシンドロームの基準値も同じです。
- LDL-コレステロール
- 悪玉コレステロールです。140mg/dL未満が基準値で、それ以上なら、高脂血症(脂質異常)と診断されます。診断後は病状に応じてより低くコントロールする必要もあります。
- 総コレステロール
- 220mg/dL未満であることが目安です。
- 血糖値
- 空腹時血糖値が110mg/dL未満で糖負荷(75gのブドウ糖溶液を飲み)2時間後の血糖値が140mg/dL未満が正常とされる基準値です。血糖値が空腹時に126mg/dL以上か2時間後に200mg/dL以上が糖尿病の診断基準です。正常値と糖尿病診断基準の間に該当する場合は、境界型と判定されます。メタボリックシンドロームの診断には、空腹時血糖値110mg/dL以上という基準が用いられています。
- ヘモグロビンA1c
- 検査を受けた時点から過去1〜2か月間の血糖値の平均と相関関係のある検査値で、基準値は4.3〜5.8パーセントです。
- 肝機能
- ALT(GPT)やAST(GOT)が、35〜40IU/Lを上回ると、肝臓に負担がかかっていることがわかります。
2007年04月 公開
※記事内容、肩書、所属等は公開当時のものです。ご留意ください。