2022年11月04日
心地よく働ける職場が業績を上げる!~健康経営はなぜ必要か?~「ウェルビーイング経営講座」キックオフシンポジウム
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なぜ今、健康経営なのかウェルビーイング経営なのか!
坂東氏は、開会挨拶で、講座開講の背景を以下のように紹介しました。
「日本企業は人を大事にする、人を育てるのは日本企業の強みだとされてきたにもかかわらず、バブル崩壊後は人件費というのはコストである。コストをカットするのは優秀な経営者であるという考え方から、人件費や雇用管理の考え方が大きく変わりました。その結果、メンタル不調を抱える方も増加し、日本の社会全体がウェルビーイングの状態ではなくなってきていると思えます。 その中で、2019年の経産省の人的資本経営・伊藤レポートでは、人件費はコストであるいう考え方から、人への投資がこれからの企業の成長にとって不可欠だとの提案がなされました。これは、現在の日本経済にとってはインパクトのある考え方であると思います。 また、英国ではメンタルヘルスへの取り組みという視点で企業を評価する基準も発表されており、日本だけでなく、世界でもウェルビーイングに対する関心が高まっています。」
基調講演「トップのためのウェルビーイング経営講演会」海原 純子氏(昭和女子大学客員教授)
私は心療内科医、産業医として診察や企業従業員の健康指導に携わっています。「そのような医師がなぜ経営の話を?」と思われる方が多いと思います。しかし、従業員の健康問題、とくに適応障害と関わっていますと、働く人の健康を改善するには環境や組織、文化から変えなければいけないことを切実に感じます。そのため、健康経営の必要性に気付き、これまで研究を続けてきました。
本日は、健康経営の歴史的背景や日本と海外の違いについて簡単にお話しし、そのあと、この10月に英国から発表されたばかりの健康経営に関するグローバルレポート(CCLA Corporate Mental Health Benchmark Global 100 Reports 2022)を紹介したいと思います。
健康経営の基本は、従業員の健康をサポートすることで企業価値と業績をアップさせるということにあります。
米国では、日本のような皆保険制度がないため、企業が従業員に保険を提供することになりますが、病気になると莫大な費用がかかります。そのため、1990年代から「従業員の健康管理はコストではなく投資」であるという考え方が広まりました。疾病管理に1ドル投資すると3.8ドルのリターンがあるというデータもあり、とくに、喫煙対策やメタボ対策に投資するとリターンも大きく、かつウェルネス業界の収益も増加するという視点です。
欧州では、社会のサステナビリティ(持続可能性)の意識が高く、投資家は、環境・社会貢献・企業ガバナンス、そういう視点で企業の健康経営に関する取り組みに目を光らせています。投資家の目線を気にするといのが欧州の健康経営の特徴です。
一方、日本は、労働安全衛生法を順守しているか否かが重視され、禁煙対策や健診受診率、ストレスチェック実施率などで評価される傾向があります。
英国のCCLAは、環境維持や持続可能な社会への貢献を目指す活動をする立場で投資を行う英国最大の資産運用ファンドで、健康経営による企業評価(Corporate Mental Health Benchmark)を計画していました。
Corporate Mental Health Benchmarkというのは、メンタルヘルスを新しい視点でとらえ、個人の面ではなくて、企業自体がどのようにして、働く人々に幸せな場を提供するかを評価するもので、私もグローバルプロジェクトに参画しています。
CCLAは、コロナ禍で従業員のメンタル不調のリスクが高まったことからその計画を前倒しして、今年10月にその調査結果を発表しました。この背景には、メンタル不調での離職・休職による経済的損失を懸念していた英国政府や投資家からの働きかけがあったということでした。
従業員数1万人以上のグローバル企業100社(米国60%、欧州20%、アジア20%)の健康経営の取り組みを、CEOへのアンケートとホームページの記載内容に基づき、「企業のトップが従業員のメンタルヘルス支援を表明しているか」「仕事の在り方や職場体制にメンタルヘルスを守る体制があるか、ダイバーシティや公平性に配慮されているか」「管理職がメンタルヘルスに関する研修を行っているか」など、27項目を計222点で、企業を5段階で評価しています(図:評価基準)。
結果は非常にばらつきが大きく、5段階評価のトップカテゴリーは1社のみで、中央値は25%。日本企業ではソニーとトヨタ自動車が評価され、ともに4番目のカテゴリーでした(図:評価結果)。
CCLAは、「これは格付けではない」としており、この評価を参考に、「自社の問題点に気づき、方向性を見つけて実行するヒント」として提供することで、健康経営を推進し従業員のメンタルヘルス向上を目指すことを促しています。実際、70ページ近いレポートの中では、今回の評価が高くない企業においても、他の企業の参考になる取り組み行っていれば、それを具体的に紹介しており、非常に前向きなメッセージを発信する内容になっています。
例えば、Amazonは評価4ですが、CCLAはホームページの中を細かくチェックして、Amazonが新しく導入している従業員の健康と職場での安全のためのウェルネスプログラムの記事を紹介しています(図)。
ソニーグループの場合は、従業員の健康支援プログラムを掲載したページを紹介し、自社の取組みをきちんと公開していることが評価されています。
グローバルレポートの全体的な傾向として、9割の企業はメンタルヘルスの重要性を理解していること、ただしそれを社外に表明していない企業が半数以上を占めること、CEOがリーダーシップをとってこの課題に取り組んでいるのは2割に満たないことなどがわかります。
企業のトップがメンタルヘルスの旗振り役の役目を果たすことは、対外的なアピール効果だけでなく、従業員が「メンタルな問題を隠さなくて良いのだ」と思えるような環境づくりに役立つと考えられます。
最後に、日ごろの研究や講演への反響などから感じている、日本企業の問題点を指摘したいと思います。
一つ目は、従業員のメンタルヘルスの問題は個人の問題であって、個別対応で十分という考え方が強く、企業風土などの背景から改善しようとする動きが少ない。
メンタルヘルスと関連のあるジェンダー差別や非正規雇用の格差を、労働問題の枠組みの範疇に限定して捉えていることが多く、女性役員や社外取締役を、数合わせで済ませているケースもみられます。
また、従業員のメンタルヘルスは人事・総務部門の仕事であって、管理職が関わることではないとする傾向もあります。
さらに、このような問題は大企業がすればよいことであって、中小企業はそんなことはしていられないという声も聞こえます。
12月から始める「ウェルビーイング経営講座」では、これらの問題を解決する糸口を探っていきたいと思います。
「ウェルビーイング経営講座」について
キックオフシンポジウムでは、海原氏の基調講演を受けて、坂東氏をモデレータとして、幸福経営の第一人者である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授・前野隆司氏、健康経営銘柄選定やフェムテックを推進する経済産業省経済産業政策局経済社会政策室室長の川村美穂氏によるパネルディスカッション「ウェルビーイングか利益か~これからの経営を考える~」が行われました。
ディスカッションでは、海原氏の講演を受けて、高評価を受けたグローバル企業と日本の企業の違い、日本企業の幸福経営、健康経営銘柄企業の業績などが語られました。両氏とも「ウェルビーイング経営講座」の講師を務めます。
さらに、講座では、職場でいきいきと働き続けるために必要な知識が、それぞれ我が国を代表する講師陣で提供される予定です。
適応障害を防止するために必要なストレスからのレジリエンス能力について認知行動療法の視点から大野裕氏(認知行動療法・研修開発センター 理事長)、職場の感染リスク対策とダイバーシティについて感染症学の視点から岩田健太郎氏(神戸大学大学院医学研究科感染治療学 教授)、法教育の視点のハラスメント対策を今井秀智氏(リーガルパーク代表理事・東京農業大学客員 教授)、受動喫煙対策としての視点から村松博康氏(中央クリニック院長・日本生活習慣病予防協会理事)、アルコール依存予防の視点から樋口進氏(久里浜医療センター名誉院長・日本生活習慣病予防協会理事)、正しい医療へのアクセスの方法やがん患者の就労支援について勝俣範之氏(日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科 教授)、また職場の健康作り体制の整備について村上文氏(帝京大学法学部法律学科 教授)などの講義が行われます。
また、海原氏の講座では、ウェルビーイング経営に必要な基礎的なストレスに関する知識の他、職場のコミュニケーションを上げるためのワークショップやポジティブサイコロジ―心理学をもちいたワークショップも予定されています。
「ウェルビーイング経営講座」の受講対象は、企業経営者、管理職および管理職を目指す方、人事に関わる方、ウェルビーイングに関心のある方です。講座は短日のみでの受講も可能で、出席できなかった場合は後日動画視聴できます。申込期限は11月27日です。
関連情報
一般社団法人 日本生活習慣病予防協会