自分で自分の健康を守る~『一無、二少、三多』が、今まさに求められている~
池田 義雄 名誉会長インタビュー
コロナ禍の前と後
新型コロナウイルス感染症パンデミック(コロナ禍)が始まって間もなく4年。社会はようやく落ち着きをとりもどし、日常生活はコロナ禍前の状態に戻ったようです。
それにしても今回のコロナ禍が人類に与えた影響は、計り知れないほど大きなものでした。今でこそ「コロナもインフルエンザも似たようなもの」と考える人も多いようですが、コロナ禍初期は100年に一度の危機といわれ、薬もワクチンもなく、マスクも売り切れで入手困難だったころを思い出してみてください。毎日発表される感染者数や死亡者数の動向を、祈るような気持ちで見ていた人も少なくないのではないでしょうか。
病気にかかるリスク、かかってしまった場合に重症化してしまうリスクは、ふだん、自分で自分の健康を守るための行動を心がけているか否かによって、大きな差が生じると考えられます。コロナ禍の比較的早い段階で、喫煙、生活習慣の関与が大きい肥満や2型糖尿病が重症化のリスク因子と報告され注目されました。
当協会(日本生活習慣病予防協会)では2000年の発足当初から、疾患リスク抑制のための生活習慣『一無、二少、三多』を提唱し、その認知度を高めるための活動を続けてきました。
社会構造・疾病構造の大きな変化
『一無、二少、三多』は、当協会の発足のさらに10年近く前の1991年に、初めて成文化されたものです。1991年と言えば、空前のバブル経済が終焉してその崩壊が始まった年に当たります。いわば、戦後の大きな転換期です。その後、日本は今に至るまで"失われた30年"と言われる経済的低迷が続いており、この間に国民医療費が増大し、健康保険料や消費税などが上昇して、経済格差や世情不安が拡大してきました。
もちろん、この30年の間に疾病構造も大きく変わりました。肥満や2型糖尿病はますます増加し、それらを心血管疾患のリスクのベースと位置づけたメタボリックシンドロームという概念が定着して、その早期発見・介入をターゲットとした特定健診・保健指導も行われるようになりました。一方、ストレス社会や人口の高齢化はさらに進展し、メンタルヘルス疾患やフレイル、ロコモティブシンドロームが増加し、ストレス健診、フレイル健診なども開始されています。
このように近年、日本は大きく変化してきましたが、『一無、二少、三多』の重要性は変わらないばかりか、中学校の教科書でも紹介されるなど、健康リスクの高い高齢者だけでなく、これからの日本を担う世代の間にも周知されるようになってきました。
誕生から30年以上たっても色あせないこの健康標語が、どのような背景から登場したのか、なぜ現在でも注目されるのかなどの疑問について、この標語の生みの親である当協会の池田義雄名誉会長にインタビュー形式でお答えいただきました。
コロナ禍が落ち着いても、世界情勢に伴う経済状況の変化が、適切な生活習慣の維持にも影響を及ぼしつつあるこのタイミングに、改めて『一無、二少、三多』を知ることで、今後の生活習慣病対策だけでなく、ライフスタイルを考える示唆が得られることと思います。
一般社団法人 日本生活習慣病予防協会
『一無、二少、三多』の誕生
――『一無、二少、三多』の初出は「プラクティス」誌に掲載された論文ですね。
1991年に、糖尿病の自己管理という視点でまとめた論文で『一無、二少、三多』という言葉を使いました。成文化されたものとしては、その「プラクティス」掲載論文が初めてだと思います。もっとも、それ以前から臨床や講演などでは『一無、二少、三多』を口にしていました。1972年に「糖尿病療養のコツ」という書籍を、私自身の論文以外の最初の著作物として保健同人社から上梓したのですが、その頃から漠然と、人々の健康意識を高めるため何か覚えやすい簡単な標語ができないかと考える癖がついていたように記憶しています。
なお、「プラクティス」誌は、医歯薬出版発行、私が発起人となって設立した糖尿病治療研究会の編集により、1984年に創刊した隔月刊の糖尿病医療に関するジャーナルで、その後、編集を日本糖尿病協会に移管し、さらに現在はオンラインジャーナル「糖尿病・内分泌プラクティスWeb」として引き継がれています。
以上述べた自己管理指導における三つのポイント,体重,尿糖,血糖に加えて, 毎日の生活のなかでは一無,二少,三多へのアプローチが欠かせない.一無は,禁煙の徹底である.喫煙と網膜症,喫煙と腎症において,それぞれ喫煙が有害であるとの成績は,臨床的にも明らかにされてきている.加えて,喫煙と多くの疾病異常との関係も知られている.一無は禁煙のすすめである.次に,二少の第一は少酒のすすめである.アルコールは,糖尿病の発症から進展までの経過のなかで,やはり増悪因子となる.飲酒が可のものでも,少酒がまもられなければならない. 第二は,食事に関して適正なエネルギーをとり,適正体重を維持するという意味合いにおいて,少食(節食)をすすめる.
三多の第一は運動に関するもので,多動のすすめである.三多の第二は多休のすすめで,十分に休息のとれる生活スタイルを守ることである.最後は多接のすすめである.これは,多くの人,事,物に接する機会を設け,趣味豊かでストレスをため込まない生活を考えてのことである.
以上の,一無,二少,三多の自己管理生活法は究極のライフスタイルへのアプローチだということである.この覚えやすい日常生活の仕方を生活指導にぜひ活用され,糖尿病を有し,かつ一病息災,あるいは二病・三病息災が可能となるよう,はかられることを望みたい.
池田義雄 「自己管理」(別冊プラクティス. pp119-128. 医歯薬出版,東京,1991)より
――その当時、『一無、二少、三多』以外の健康標語としてはどんなものがあったのでしょうか?
古くは貝原益軒の「養生訓」が有名で現代にもなお通じる内容ですが、やはり江戸時代の古典ですので現代人にはわかりにくいことは否めません。近代のものとしては、1965年に米国カリフォルニア大学のブレスロー(Lester Breslow)が、生活習慣病関連疾患の予防に重要な7 つの習慣を提唱し、国内の医学会でも「ブレスローの7つの健康習慣」と呼ばれるようになりました。さらに1987年には、阪大の森本兼曩先生が、ブレスローの7つの健康習慣にストレス対策という要素を加えた、後に「森本の8つの健康習慣」と呼ばれる標語を発表しています。
ブレスローや森本先生が提唱したものは、いずれも疫学データの裏付けがあり、医学的に重要な意味を持っています。ただ、医学的に重要ではあるのですが、人々が頭に入れて日々の実践を働きかけるための標語としては覚えにくいのではないかと、私は考えていたのです。毎日の生活の中に潜む健康リスク因子を意識し、それを回避するような習慣とするためには、いつでも頭の片隅に入っていて、すぐに引き出せる状態にしておくことが、公衆衛生対策としては大切だと思います。
それで、何かもっと端的で一度聞いたらなかなか忘れないようなフレーズができないものかと思い巡らせていました。
――覚えやすさに重点を置こうとされたのには、どのような背景があるのでしょうか。
それはやはり、私が糖尿病の臨床に携わっていたからだと思います。2型糖尿病は生活習慣病の代表とも言える疾患で、生活習慣の良し悪しが治療状態や予後に大きく影響します。また、当時、使える薬はインスリン製剤またはインスリンの分泌を促すSU剤しかなく、受診される糖尿病患者さんも今より血糖管理に難渋する患者さんが多かったと思います。薬物治療の選択肢が限られていた分、療養指導がより重要だったように感じます。さらにその頃の医療現場はまだ古典的で、患者さんに対する医師のかかわり方も父権的であって、療養指導という概念も必要な情報も限られていました。
そのような状況にあっても、伝えたことをよく理解してくださる患者さんはやはり血糖管理が良好で予後がよく、そうでない患者さんは残念な結果となってしまうことが少なくないことを実感していました。いま振り返りますと、そのような体験が、覚えやすく実践につながりやすい標語の希求につながったのだと思います。
――どのような時に『一無、二少、三多』を思いつかれたのでしょうか?
『一無、二少、三多』誕生の瞬間をお聞かせください。
そんな時に、健康長寿で活躍した著名人として、西園寺公望公の晩年の生活について知る機会があったのです。
西園寺公については語るまでもないことながら、幕末に公家の家系に生まれ、戊辰戦争を戦い、10年にわたるフランス留学を経て、政治家となり、戦争に向かう時代を憂いて、太平洋戦争の直前の昭和15年にお亡くなりになっています。公は若い頃から糖尿病を患っていたにもかかわらず、あの当時に92歳(満90歳)という長寿を達成されています。
西園寺公は、若い時からかなりの美食家であったようですが、晩年は、ご飯や砂糖の糖質を気にされていたようで、フランスパンや、朝食にはオートミールを好んだと伝えられています。また、日々の散歩や別荘での休養は欠かさず、もともと多趣味ではありましたが、晩年はドライブで気分転換にされていたそうです。
当時の朝鮮(現在の韓国、北朝鮮)には、健康長寿のために、「多いほど良いもの」として「三多」(多動、多休、多接)や「五多」(多動、多休、多接、多泄、多忘)、「少なくてよいもの」として「少食」といった古くから伝わる健康標語があり、西園寺公も生活信条にしていたようだという話を耳にしたのです。
「少食」はまさに貝原益軒の「養生訓」の「腹八分」と同じで、これらの健康標語は、紀元前220年ごろの世界最古の中国の医学書「黄帝内経」に由来するもののようです。これらに不足している要素を付け加えたら、覚えやすい健康標語になるのではないかと思い当たったというのが、着想の最終段階だったと思います。
――不足している要素とはどのようなことでしたか?
第一に、禁煙です。今日明らかになっているタバコの害悪に関する初の報告は1920年代で、本格的に研究されるようになったのは1950年代以降のことですから、黄帝内経やその流れを汲み朝鮮半島で生まれたとされる健康標語に、禁煙という要素が含まれていなかったのは仕方のないことです。その後に蓄積された膨大なエビデンスから、タバコは「少」でなく「無」を目指すべきだと感じ、「一無」としました。
もう一つの要素は「節酒」です。「徒然草」に「酒は百薬の長とはいえど、よろずの病は酒よりこそ起これ」と書かれていることを引き合いに出すまでもなく、飲み過ぎると体調を崩しやすいことは、多くの方が実体験を思い出してうなずかれるところだと思います。一方で、ごく少量のアルコールが虚血性心疾患や脳梗塞、2型糖尿病に対しては、リスクを下げる可能性を示唆するデータがあり、節度のある飲酒はメンタルヘルスにも良い影響を与える可能性があります。そこで、「一少」を「二少」に変えて、「少酒」を加えました。
それらを組み合わせると『一無、二少、三多』となり、1-2-3というテンポのよい標語が仕上がったということです。
2022年に『一無、二少、三多』のピクトグラムが公開されていますが、2023年には『一無、二少、三多』のピクトグラム英語版も完成しました。英語版でも"Quit ONE", "Reduce TWO", "Enhance THREE"と、1-2-3が活かされています。
『一無、二少、三多』は、日本だけでなく、海外、とくに生活習慣病の増加が懸念されているアジア各国でも普及していくのではないかと思います。
「成人病」から「生活習慣病」へ
――『一無、二少、三多』は今日では、国内の健康啓発の現場にかなり定着してきていますが、1991年の誕生以降、どのように広めてきたのでしょう。
書くことと話すことが重要だと考え、そのようなチャンスをいただいた時にはできるだけ触れるようにしていました。そうこうしているうちに、1996年に厚生省(当時)が、それまで「成人病」と呼ばれていた疾患群を「生活習慣病」と改めました。これは故・日野原重明先生の発議によるもので、「成人病」では加齢による疾患だから罹患したり悪化するのは仕方ないと思われてしまうが、そうではなく、生活習慣次第で予防したり改善できるというメッセージを込めての呼称変更でした。
この考え方は、まさに『一無、二少、三多』という健康標語の理念と一致するものでした。そして翌、1997年には「第1回 糖尿病実態調査」(現在は国民健康・栄養調査の項目として継続)が発表され、糖尿病が予備群を含めると1,370万人に上る国民病であることが明らかにされました。こうした流れを受け、生活習慣病の発症予防という視点を啓発するための団体として、2000年に「日本生活習慣病予防協会」を立ち上げ、『一無、二少、三多』の周知を事業の柱としました。
――さらにその8年後の2008年には「特定健診・特定保健指導」が始まりましたね。
日本内科学会などの8学会の合同により、メタボリックシンドロームの診断基準が策定されたのが2005年です。私や当協会の現会長である宮崎滋先生、名誉会員の井上修二先生、さらに当時阪大にいらした松澤佑次先生などとともに、肥満による心血管代謝疾患リスクの多くは内臓脂肪が関与していて、日本人における内臓脂肪型肥満の腹囲長の基準は男性85cm、女性90cmが妥当であるといった報告をしたのが、当協会発足と同じくやはり2000年のことでした。この報告に基づき、内臓脂肪型肥満に伴う一連の疾患をそのベースから治そう、予防しようという目的でスタートした制度が「特定健診・特定保健指導」、いわゆる"メタボ健診"です。
メタボ健診後の保健指導は過剰に蓄積した内臓脂肪の解消が主眼であり、その手段としては、「二少」の「少食」や「少酒」、および「三多」の中の「多動」が中心となります。
『一無、二少、三多』のコホート研究も同時期に実施されました。当協会の設立理事でもあった和田高士先生(東京慈恵会医科大学総合健診・予防医学センター教授、現・同大学客員教授、当協会副理事長)は、日本人9,554名を対象に2000年から7年間追跡調査を行い、「ブレスローの7つの健康習慣」、「森本の8つの健康習慣」と『一無、二少、三多』の実践がメタボの予防にどの程度の効果があるか検証したところ、男女ともメタボの発病が少ないのは『一無、二少、三多』であることを明らかにしました1。
さらに、和田先生は、高血圧予防に関しても『一無、二少、三多』の実践が、ブレスローや森本先生の健康習慣より有用性が高いことを明らかにしています2。この研究は、日本総合健診医学会平成25年(2013)優秀論文賞を受賞されておられます。
和田先生には、『一無、二少、三多』の科学的な検証のために多大なご尽力をいただきました。この機会に、改めて御礼申し上げたいと思います。
ストレスチェック、フレイル健診、孤独・孤立と
『一無、二少、三多』
――『一無、二少、三多』という標語は時代を先取りしたものであって、後から公衆衛生対策上の制度変更が追い付いてきたようですね。メタボ健診スタート後にも2015年には企業従業員を対象としたストレスチェック制度、2020年には後期高齢者を対象としたフレイル健診が開始されています。
ストレスチェック制度は労働者のメンタルヘルス疾患の早期発見を目的としています。『一無、二少、三多』の中では「三多」の「多動」、「多休」、「多接」が関連するワードと言えます。メンタルヘルス疾患の予防という視点は近年の深刻化するストレス社会の中で、ますます重要になっていますので、これからは「三多」によるストレス解消というメッセージを、より強く打ち出していけたらと願っています。
一方、フレイル健診は介護予防を目的としています。フレイルは、身体的フレイルのほかに社会的フレイル、認知的フレイルといったサブカテゴリーが提唱されています。「三多」はいずれのサブカテゴリーに対しても予防的に働くと考えられ、特に「多動」は身体的フレイル、「多接」は社会的フレイルの予防のキーになると言えるのではないでしょうか。
――ただ、「二少」のうちの「少食」は、身体的フレイル、あるいはサルコペニアの予防・改善という点で、そぐわない面もあるのではないでしょうか?
その点は、「少食」というワードにこめたメッセージを正しく理解していただければ、問題ないのではないかと考えます。
「少食」では、お腹いっぱい(満腹)まで食べる習慣をやめ、腹七~八分目でやめるよう心がけ、偏食をせず、よく噛んで、三食を規則正しく食べることをすすめています。肥満や太り気味の人にとっては「腹七~八分」はまさしく「少食」に相当するかもしれませんが、よく噛むことで満腹感を感じることができます。
痩せている人の場合でも、よく噛んで、三食を規則正しく食べることは基本です。よく噛むことで、口腔機能の低下(オーラルフレイル)を防ぐこともフレイルやサルコペニアの予防・改善には不可欠です。
――最近、世界的に「孤独・孤立」が懸念され、日本でも孤独・孤立対策担当大臣が2021年に誕生しました。健康のもつ社会性に着目した「多接」を組み込んだことが、『一無、二少、三多』の特長とも言えるのではないでしょうか?
現代社会は、誰もが孤独・孤立に陥りやすい状況にあります。人は「ほかの人に接すること」でストレスを少しずつ解消でき、反対にそれができないとストレスが溜まってしまいます。ストレスが慢性化することで、うつ病のリスクが高まり、さらにコルチゾールなどのストレスホルモンの分泌が増え、それが血糖値や血圧の上昇につながり、生活習慣病の発症や悪化につながることがあります。
「多接」とは、多くの人・こと・ものに積極的に接することです。仕事でも趣味でも何かしら長く熱中できることを見つけてそれを大切にして、常に創造的な生活を実践していただきたいと思います。きっと、「心の健康」の高まりを感じられることと思います。創造的な生活とは、「生きがい」を持つこととも言い換えることもできます。生きがいを持っているほうが、そうでない人よりも長寿であるという研究報告もあります。
これからの生活習慣病予防と『一無、二少、三多』
――誕生から30年以上経過しても、『一無、二少、三多』は全く色あせていない健康標語ですね。なにかと変化が激しい時代ですが、大切なことの基本は大きく変わることはないのではないかと思います。
『一無、二少、三多』の着想でも触れた「黄帝内経」は紀元前にまとめられた、病気にならないための養生書です。その後2000年以上を経て、現在までにさまざまな病気が克服されてきましたが、生活習慣病は人類が安易な快適さを求めた故に、私たち自らが引き起こした病気とも言えます。
一方で、コロナ禍で明らかになったように、感染症は人類にとって依然として脅威であり、また急速な自然環境の変化が社会構造・疾病構造の変化をもたらし、新たな闘いが必要となるだろうとも言われています。
他方、最近では、持続的な社会・地球環境の維持(SDGs)が模索され、社会として、そして個人としての取り組みが求められています。
SDGsの理念の根幹は、「だれ一人取り残さない社会を目指すこと」のようです。やや我田引水になるかもしれませんが、『一無、二少、三多』には、食べ物を無駄にしない、人との絆を大切にするといった意味合いも込められています。つまり、自分一人が幸せになるのではなく、みんなで幸せに生きようという願いにもつながります。
そういう意味で『一無、二少、三多』は、だれにでも実践できる健康習慣であり、かつ個人ができるSDGsと言えるのではないでしょうか。
――『一無、二少、三多』はこれからますます輝きを放つようになりそうですね。ところで最近、「糖尿病」という病名はスティグマを生むため改称すべきと提案されています。また「生活習慣病」という名称も使うべきでないという意見もみられます。このような動きについて、先生はどのようにお考えですか。
「糖尿病」という病名がこのままで良いのかという問題提起は今に始まったことではなく、数十年前からあり、時折その機運が高まっては消退することを繰り返してきました。確かに「尿糖」が出るという古典的な他覚所見のみを言い表していて、病名は病態を的確に表すべきという原則から逸脱しています。とりわけ「尿」という文字はダーティーなイメージがつきまとうこと、そして社会のスティグマの存在など、多くの問題があります。
また、さきほども少し申しましたが、糖尿病の患者層が昔とは大きく変わり、現在は健診で初めて見つかる患者さんが増え、非糖尿病の人と何ら変わりのない生活習慣である患者さんが多数を占めていることも、このような機運の高まりの一因なのかもしれません。病名変更をどのようなかたちで行うのかについては十分検討が必要ですが、このような議論が医学会の範囲を超えて広く話題になることは、糖尿病に対する社会の理解を改めるためにも良いことだと考えます。
「生活習慣病」も、その発症原因の多くは実際には加齢や遺伝的背景であり、さらには経済的な理由のために健康的な食生活を続けられないといった社会的背景もありますから、スティグマにつながるという問題をはらんでいるとする指摘は傾聴すべきでしょう。ただし一方で、生活習慣病とされる疾患の治療において、生活習慣の改善が重要であることは間違いのないことです。1996年に成人病から生活習慣病に改称された当時の理念は、今もなお重視すべきであることも強調されます。生活習慣病の改称については、糖尿病の改称に比べて、より慎重な態度で臨む必要があるのではないでしょうか。
生活習慣改善のスタートが遅すぎるということはない
――最後に、『一無、二少、三多』にご賛同いただいている全国のファンや本インタビューをご覧になる皆様へのメッセージをお願いします。
2020年代はコロナ禍とともにスタートしました。ワクチンや治療薬を使えるようになるまでは、命の危険が身に迫るように感じ、健康のありがたさに改めて気づかされたという人も少なくないのではないでしょうか。ところが、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」とはよく言ったもので、早くも健康であることの大切さが忘れられ始めているように感じます。
コロナ禍のずっと前から、そして現在も、人々はだれもが幸せになりたい、豊かな人生を送りたいと願いつつ、日々の生活を送っていることと思います。健康であることは、その願いのベースと言えるのではないでしょうか。病気になってから、または病気のリスクが急速に高まるような状況になってから、初めて健康を意識するのではなく、豊かな人生を送るために、健康を守るための生活習慣を今日から初めていただきたいと考えます。
「今からでは遅すぎる」ということはありません。ご高齢の方や現在なにかの病気をお持ちの方も、行動を起こせば必ず変化が現れます。健康の規範を短く、覚えやすく、簡単にまとめた『一無、二少、三多』が、人々の生活習慣の逸脱に対して行動規制をかけるような標語として、今後も長く使われ続けることを期待しています。
(本インタビューは2023年11月に行われました)
文献
1 Wada T, et al: Of the Three Classifications of Healthy Lifestyle Habits, Which One is the Most Closely Associated with the Prevention of Metabolic Syndrome in Japanese? Intern Med. 2009;48(9):647-55.「一無、二少、三多」はメタボを効果的に減らす 2 Wada T, et al: Of the Three Classifications of Healthy Lifestyle Habits, Which One is the Most Closely Associated with the Prevention of High Blood Pressure? HEP. 2013; 40: 457-463
参考情報
■一無、二少、三多とは? ■全国生活習慣病予防月間2024 ■生活習慣病予防啓発資材ダウンロード 『一無、二少、三多』および全国生活習慣病予防月間のスローガン川柳を使用したポスター、リーフレットがダウンロード可能です。企業様のご利用は、当協会事務局までご連絡ください。
2024年02月 更新