家内労働に携わる高齢者の生活習慣病のリスクとその予防法~生活リズムと食生活の観点から~
メタボ予防から要介護予防へ
近年、高齢者が最も注意すべき病気のターゲットが少し変わってきています。少し前までは、内臓脂肪型肥満に軽い糖尿病や高血圧などを伴っている状態、いわゆる「メタボリックシンドローム」(メタボ)によって、動脈硬化性の病気や人工透析が増えて医療費がひっ迫している状態を何とかしなければいけないと言われていました。
もちろんメタボ予防の重要性は今でも変わりませんが、高齢者人口の増加とともに、栄養不良も重要な問題となってきています。栄養不良に加えて運動不足があると、骨粗鬆症、あるいは筋肉量・筋力の低下、関節などの運動器の障害による「ロコモティブシンドローム」(ロコモ)と呼ばれる状態になります。そのような状態では、運動量がより低下してしまって、さらに認知機能への影響が現れたりもして、寝たきりや要介護のリスクが上昇してきます。一人暮らしの高齢者が増えていることも、このような状態にある人の増加の一因と言えるかもしれません。
注意が必要なこととして、「太っているのに栄養不良」という状態も少なくないことが挙げられます。つまり、食事の量はとっていて運動量が少なくエネルギーを使わないために体は太っている、しかし食べるものが偏っているためにビタミンやミネラル、タンパク質が不足しているという状態です。「隠れ栄養不良」とも呼ばれます。
ロコモや隠れ栄養不良で、例えば膝が痛くなってくるという症状が現れると、多くの人が、テレビ広告でよく聞く、「コンドロイチンを飲んでみようか」と考え始めるかもしれません。しかしその前に、きちんと栄養バランスの良い食事を摂る必要があります。
薬にしても、整形外科での治療にしても、しっかりとした栄養という土台があることで、より効果が発揮されます。
血圧、血糖のコントロールの目安
皆さんは、血圧はきちんと測定されていますか? 2019年に日本高血圧学会から新しい降圧目標が発表されました。高齢者では診察室で図った血圧が140/90mm未満、非高齢者や糖尿病・慢性腎臓病・冠動脈疾患の患者さんは130/90mmHgとより低めにコントロールすることが推奨されています。
自宅で測った値はそれより5mmHg低い値が目標です。一般的に血圧は昼より夜のほうが低いので、夜に測った値がこの目標を超えている場合は要注意です。
血糖に関してはHbA1c(ヘモグロビンエイワンシー)という、過去1~2カ月間の平均的な血糖値の推移を表す検査値で判断します。HbA1cが高いということは、過去1~2カ月間、血糖値の高い状態にあったということです。
血糖値の高い状態とは、例えていうなら、血液が濃厚なフルーツジュースのようになっている状態とお考えください。濃厚なフルーツジュースをストローで飲もうとすると、吸い込むのに力がいりますね。ベトベトしているからです。血糖値が高い状態は、血液がベトベトになっている状態と言えます。一般的な血糖値のコントロール目標はHbA1c7%未満ですが、高齢の方の場合は血糖値の下がりすぎによる認知機能などの影響も心配なため、少し高めの目標とすることが多いです。
私はふだん、高血圧や糖尿病の方の栄養指導もよく行っていますが、どちらも食事が非常に大切です。血圧や血糖値が高い人の食生活を伺い、「ここはこのように変えてみては?」と具体的に提案します。高血圧なら塩分を控えていただきます。そうしていただくと、次に受診された際には検査値が下がっていることをよく経験します。
睡眠の質にも食事が関係している
次に睡眠の話をしたいと思います。望ましい睡眠時間は個人差があるのですが、だいたい7~8時間は寝た方が良いと言われています。ただ、歳をとると寝付けない、眠りが浅いという人が増えてきます。睡眠時間が不足していたり、睡眠の質が良くないと、朝の目覚めがすっきりしない、毎日がなんとなく憂うつ、集中力が途切れがち、イライラしやすい、空腹でないのに食べ物を口に運んでしまうといった行動が増えてきてしまいます。
睡眠にとって大切なホルモンはメラトニンといい、そのメラトニンはセロトニンから作られ、セロトニンはトリプトファンという必須アミノ酸を材料として作られます。ですから、睡眠にとっても食事、とくにタンパク質の摂取が非常に大切です。また、生活のリズムも睡眠にとって重要です。人間のからだはやはり、昼間は起きていて夜に寝るのに適していると考えられています。そこで朝、目覚めたときに太陽の光を浴びると良いことがわかっています。
睡眠の質が改善すると、イライラしなくなる、朝食が美味しく感じる、午前中の活動性が上がる、仕事に集中できるようになるといった変化が起きてきます。また、血圧や血糖値が安定してきた、体重が減ってきたという方もいらっしゃいます。
ところで睡眠障害は、なかなか寝付けないという「入眠障害」、途中で目が覚めてしまうという「中途覚醒」、眠りが浅い「熟睡障害」、まだ寝足りないのに目が覚めてしまう「早朝覚醒」という4つに大別できます。
このうち入眠障害に関連することとして近年、パソコンやスマートフォンの画面から発せられるブルーライトの影響を受けている人が増えたと指摘されています。寝る前にスマホを見る人が増えているといいます。最近はスマホやパソコンにも、夜の時間帯は照度を下げる設定があることが多いので、活用してみるとよいかもしれません。
快眠のための食事の工夫
睡眠にとっても食事が大切です。先ほど話しましたように、朝、まず太陽の光を浴びて、その後すぐ食事をすると良いと言われています。そうすることによって体温が上がり、1日の覚醒と睡眠のリズムがしっかりしてくると考えられます。朝食に何を食べるかも大切なポイントです。睡眠に良い朝食の和風メニューと洋風メニューをイラストに示します。
朝はコーヒーとパンで済ますという人が少なくないですが、そうではなく、ツナや納豆、魚などのタンパク質もしっかり摂るようにしてください。それからビタミンの豊富な野菜、そしてトリプトファンが豊富に含まれている牛乳を飲むようにしましょう。
和風の朝食でタンパク質を手軽に摂りたいという場合は、魚の缶詰がおすすめです。鯖やイワシの水煮などが良いでしょう。匂いが気になるという場合、大根おろしを加えるだけでほとんど気にならなくなります。魚以外の和食のタンパク源としては、やはり納豆でしょうか。その他、和風の場合はお浸しがポイントになります。ビタミンを摂るために大切な一皿です。サラダまたは野菜ジュースでも構いません。
ビタミンB12も、神経を落ち着かせて睡眠の質を高めるために大切な微量栄養素です。動物性食品の肉や魚、チーズなどに多く含まれています。焼き海苔も意外に多くビタミンB12を含んでいます。ただし、味付き海苔は塩分が多いので、味付きでないものが良いです。とは言え、しょう油をつけてしまうなら、味付き海苔をしょう油なしで食べたほうがまだ良いかもしれません。
なお、寝酒は確かに入眠を促しますが、交感神経を昂らせて中途覚醒を増やします。飲むなら夕食時までにしましょう。
食事の基本スタイル
食事の基本についてお話しします。
食事は、主食、主菜、副菜、汁物と、もう1品追加していただくのを基本と考えてください。メタボ予防の場合も、単に摂取エネルギー量を減らすのではなくて、このバランスを考えるようにしてください。今日は、とくに朝食の大切さを強調したいと思います。
朝食にはあまり時間をかけられないので、コンビニのおにぎりにお茶、または菓子パンとコーヒーで済ますという人が多くいらっしゃいます。しかしおにぎりは炭水化物、菓子パンは脂質が中心でタンパク質が少なく、筋肉になりにくいため、冒頭にお話ししたロコモなどのリスクにつながりやすい食事と言えます。
そこで、まず菓子パンは食パンに変えていただき、野菜ジュース、今の季節であればみかんを加えて、ビタミンや食物繊維を補ってください、みかんは中袋もそのまま食べたほうが、血糖値の上昇が穏やかになります。タンパク源としては、牛乳、豆乳、ヨーグルト、卵などを摂ってください。
なお、食物繊維を手軽にとり入れる方法として、切り干し大根がおすすめです。水で戻してドレッシングなどをかけて食べていただくと良いでしょう。
また、朝食に限らず積極的に食べていただきたいのが、納豆などの大豆の加工品です。ビタミンB群とともにトリプトファンも豊富で、睡眠にも良い食品です。牛乳にきなこを加えて飲むのも良いでしょう。
一無、二少、三多
ここで、日本人の死因として今も上位を占めている脳卒中の予防方法について触れておきます。
日本脳卒中予防協会が「脳卒中予防十か条」というリストを公表しています。それには、高血圧や糖尿病、不整脈の治療、禁煙、節酒、塩分を控える、運動などが掲げられています。
十か条の10番目は「脳卒中起きたらすぐに病院へ」とされていて、発症時に少しでも早く治療を受けることの重要性が強調されています。
なお、現在、私も理事を務めている日本生活習慣病予防協会では、「一無、二少、三多」という標語を使って健康啓発活動を行っています。一無は禁煙、二少は少食と節酒、三多は多動、多休、多接です。さきほどからお話ししている睡眠は、三多の「多休」に該当するお話です。
ところで、日本人は伝統的に塩分を摂り過ぎていることが広く知られています。現在、1日の塩分摂取量を6g未満にすることを目標に、さまざまな啓発活動が続けられています。どのような理由で塩分過剰になりやすいかを示す一例として、コロッケを例に解説しましょう。
街中のお肉屋さんで売っているような標準的なサイズのコロッケ(約60g)を付け合わせのキャベツと一緒に食べるとします。コロッケに何もつけなくても0.8gの塩分が含まれています。そこにソースをひとかけすると塩分はプラス0.1gです。ただし、ソースひとかけで食べる人はあまりいなくて、多くの人がコロッケの上に何往復かかけて食べます。人によってはキャベツにも何往復かかけます。すると、塩分はプラス0.5g増えてしまいます。ソースをかけずにおいしくいただくには、からしを使ったり、レモンなどの酸味を利用すると良いでしょう。
次に、お寿司を例に挙げます。お寿司1貫(握り二つ)でしょう油をつけなくても塩分0.2g、しょう油をネタの一部にわずかにつけるとプラス0.04g、ごはんにしょう油を吸収させるようにつけるとプラス0.2gです。
よく、塩分の多い食べ物としてラーメンが挙げられますが、お寿司もしょう油の付け方次第ではそれに負けないくらい高塩分になってしまいます。お寿司を食べる際には、カリウムの多いお茶を飲みながら食べると、ナトリウムの吸収が抑制されます。
「一無、二少、三多」の「二少」の一つ、節酒に関係する話を少しいたします。アルコールが肝臓で処理されることは多くの方がご存じの通り。その処理速度は人によって大きな差があるものの、平均すると3時間で20gほどとされています。ビールや日本酒、ウイスキーのダブルなどがだいたいその量に相当します。
食事と健康の話をするときに、野菜の摂取は避けて通れません。高齢の方は若年者より野菜を多く摂っていることがわかっていますが、それは平均としての話です。栄養指導の現場にいますと、高齢の方でも野菜嫌いの方が珍しくありません。
野菜を食べると、どんな良いことがあるか? 便秘にならない、肩こりや筋肉の痛みがとれる、にきびが治る、イライラが減る、疲れにくくて元気になる――いろいろな効果を期待できます。1日に緑黄色野菜120g、単色野菜230gを目標に食べましょう。
ロコモ予防!
さて、最初に、今はメタボだけでなく、ロコモティブシンドロームの予防も大切になってきていると申しました。このロコモについて、もう少し詳しくお話しいたします。
ロコモは、運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態を指します。日本整形外科学会では、ロコモに当てはまるか否かを簡単にチェックするための7項目の質問項目を作成して公開しています。片脚立ちで靴下がはけない、家の中でつまずいたりすべったりする、階段を上がるのに手すりが必要であるなどで、7項目中一つでも該当する場合は、「運動器が衰えているサイン。ロコモの心配あり」とされます。
また、ロコモの予防や改善には、有酸素運動とレジスタンス運動(筋力トレーニング)、そしてバランス運動の三つを組み合わせた運動を行うことがポイントです。有酸素運動としてはウォーキングなど、レジスタンス運動(筋トレ)としてはスクワットなど、バランス運動としては片脚立ちなどが推奨されています。
これらのうち、スクワットは、肩幅より少し広めに足を広げて、つま先を30度に開き、上から見たつま先が膝に隠れるぐらいまで膝を曲げます。曲げるときに、膝の方角が足の人差し指の方向を向くようにします。片脚立ちは左右1分間を1日3回程度行います。その際、しっかりした机などを握って、転倒しないように気を付けてください。
それから、歩くことです。歩きすぎる必要はないのですが、いつでも何処でも出来る運動として、ロコモ予防と一緒にやっていただけたらと思います。
多接でたくさん笑おう!
最後に呼吸方法の大切さにも触れます。
根をつめて仕事をしたり、今の季節のように寒さのために背中が丸まっていたりする時は、呼吸が浅くなっています。そのような時は姿勢を正し腹式呼吸をしてみましょう。
そして、これが一番最後のメッセージですが、「一無、二少、三多」の「多接」を心がけましょう。みんなでよく笑いましょう。かわいい写真、子どもさんやお孫さんの写真、ご自身の写真でも構いませんが、つい顔がほころんでしまう写真などを見て、ニコニコ笑いましょう。そして、大きな声で歌いましょう。まだしばらくはコロナ禍のためカラオケは注意が必要ですが、パンデミックが済んだら以前のようにマイクを握りましょう。
笑いには、血行や代謝を改善する効果があることが確認されています。
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一般社団法人 日本生活習慣病予防協会
2023年03月 公開