新型コロナウイルス対策ーオメガ3系脂肪酸の有用性に関するエビデンス
はじめに
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染を原因とするCOVID-19パンデミックでは、同じ環境にあっても、COVID-19にかかる人とかからない人がいます。また、かかった後に、重症化する人と、そうではない人がいます。この違いをもたらす要因の一つは、栄養素です。多くの研究により、ビタミンやミネラル、オメガ3系必須脂肪酸といった栄養素が、COVID-19の感染リスクや重症化リスクに関係していることがわかっています。
ビタミンやミネラルといった必須微量栄養素は、免疫能の維持に文字どおり必須です。 また、オメガ3系必須脂肪酸(EPAやDHAなど)、プロバイオティクス(乳酸菌やビフィズス菌など)、ハーブ類も、COVID-19対策における有用性が示唆されています。
COVID-19とサプリメントに関する研究では、欧米の44万人(英国 372,720人、米国45,575人、スウェーデン 27,373人)を対象にした調査により、プロバイオティクス、オメガ3系脂肪酸、マルチビタミン、ビタミンDのサプリメントの利用者は、非利用者に比べて、COVID-19感染リスクが有意に低いことが示されました*。 *BMJ Nutr Prev Health. 2021;4:149-157
本コラムでは、これまで4回シリーズで、COVID-19感染予防(リスク低減)、軽症者の重症化予防、および治療における補完療法としての機能性食品成分の働きを紹介してまいりましたが、今回は、オメガ3系必須脂肪酸のエビデンスを紹介します。
新型コロナウイルス ‐ ビタミンCによるCOVID-19対策新型コロナウイルス ‐ ビタミンDによるCOVID-19対策
新型コロナウイルス ‐ 亜鉛の有用性に関するエビデンス
新型コロナウイルス対策ープロバイオティクスの有用性に関するエビデンス
オメガ3系必須脂肪酸の働き
1. オメガ3系必須脂肪酸とは オメガ3系必須脂肪酸には、主に青魚に含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)、えごま油や亜麻仁油に含まれるα-リノレン酸(ALA)があります。 ヒトは、オメガ3系脂肪酸を体内で合成できないため、食事などから摂取する必要があります。オメガ3系脂肪酸は、オメガ6系脂肪酸とともに必須脂肪酸です。 ALAは、摂取された後、体内で、ALA→EPA→DHAと変換されますが、体内での変換効率は高くありません。したがって、EPAもしくはDHAの働きを期待する場合には、それぞれを含むサプリメントや医薬品を利用するほうが確実です。 2. オメガ3系脂肪酸の働き オメガ3系脂肪酸は、抗炎症作用を介して、動脈硬化性疾患や認知症の予防(リスク低減)、脂質異常症の改善に有用です。 オメガ3系脂肪酸の抗炎症作用機序に関して、従来、オメガ3が、オメガ6の代謝系と競合し、オメガ6由来脂質メディエーターの産生を競合的に抑制することで抗炎症作用を示すと考えられてきました。 近年の研究では、EPAやDHAからの代謝で生じる物質(レゾルビン、プロテクチン、マレシンなど)に強力な抗炎症作用が見出され、オメガ3系脂肪酸摂取による抗炎症作用のメカニズムであることが明らかとなっています。 さらに、オメガ3系脂肪酸の摂取が、腸内細菌叢の変化を生じ、疾患の状態に関与することも知られています。 このように、オメガ3系脂肪酸は、オメガ6系との競合作用だけではなく、脂質代謝産物による抗炎症反応、腸内細菌叢への影響を介して、病気の予防や改善に働いています。 3. COVID-19に対するオメガ3系脂肪酸の働き 基礎研究において、オメガ3系脂肪酸によるCOVID-19感染予防効果が示唆されています。 具体的には、不飽和脂肪酸が原因ウイルス(SARS-CoV-2)によるACE2への結合を阻害すること、リノレン酸とEPAがSARS-CoV-2の侵入を阻害することが見出されました。オメガ3系脂肪酸のヒトでの働き
1. オメガ3系脂肪酸による免疫調節・抗炎症作用 これまでの多くの臨床研究により、オメガ3系脂肪酸による免疫調節や抗炎症作用が示されてきました。 具体的には、次のような報告があります。 慢性腎臓病患者87人に、オメガ3系脂肪酸(330?のEPA、220?のDHA、100?のALAその他)を6カ月間投与した臨床試験では、動脈硬化のリスクとなるサイトカインを減少させました。 HIVとヘルペスウイルスに感染した患者に3グラムのオメガ3系脂肪酸(230 mg EPA +150 mg DHA)を投与した臨床試験では、12週間後に、炎症抑制効果と免疫調節作用が見出されました。 人工透析患者において、オメガ3系脂肪酸(360 mg EPA and 240 mg DHA)の3カ月間の投与により、抗炎症作用(IL-6およびCRPの有意な低下)が認められました。 消化器がん患者1,008人を対象にした解析では、EPA、DHA、ALAを含むオメガ3系脂肪酸が、炎症抑制や免疫調節に有用であることが示されています。 その他、多くの臨床試験において、オメガ3系脂肪酸による免疫調節作用、抗炎症作用、抗酸化作用を介した有用性が示されています。 2. 重症例への効果・死亡率の低下 オメガ3系脂肪酸投与により、重症例での臓器保護作用や死亡率低下などが報告されています。 例えば、ICU患者60人を対象にした研究では、オメガ3系脂肪酸投与によって、新規臓器不全発生リスク低下、CRP低下、死亡率の低下が認められました。 また、6報390人を対象にした解析において、魚油投与による死亡率の有意な低下が見出されました。 呼吸器疾患患者の死亡率がオメガ3系脂肪酸投与により低下したという研究も報告されています。具体的には、急性肺損傷および急性呼吸窮迫症候群(ARDS)患者411人に対して、EPAとガンマリノレン酸(GLA)を投与した結果、呼吸状態の改善や死亡率の低下が認められました。 さらに、米国の高齢者2,692人を対象にした調査研究では、血中オメガ3系脂肪酸(EPA,DPA,DHA)値が高いと、心血管死亡率および全死亡率が低いという有意な相関が見出さました。 その他、日本での観察研究では、魚類の摂取と全死亡率の低下が認められています。COVID-19とオメガ3系脂肪酸
1. オメガ3サプリメントが感染リスクを抑制:コホート研究 オメガ3系脂肪酸のサプリメント利用者では、非利用者に比べて、SARS-CoV-2感染リスクが有意に低いという報告があります。 具体的には、英国での「COVID-19症状研究アプリ」のユーザー372,720人を対象に、2020年のパンデミック第1波から7月末までのサプリメントの習慣的な利用と、COVID-19感染(SARS-CoV-2のPCR検査陽性)リスクとの関連が検証されました。 サプリメント利用者175,652人と非利用者197,068人のデータが解析された結果、プロバイオティクスの利用者では14%、オメガ3系脂肪酸では12%、マルチビタミンでは13%、ビタミンDでは9%、SARS-CoV-2感染リスクが低いという有意な相関が見出されました。米国(対象45,757人)およびスウェーデン(対象27,373人)でのコホート研究でも、同様の傾向が認められています。 2. EPAが罹病期間を短縮:症例報告 オメガ3系脂肪酸サプリメントによるCOVID-19への有効性を示した最初の症例として、米国にて、EPA投与によりCOVID-19の罹病期間が短縮されたという報告があります。 具体的には、COVID-19患者2人(脂質異常症を有する以外は健康な53歳女性[患者#1]と、患者#1の娘である21歳女性[患者#2])に関して、症状2日目にイコサペント酸エチル(1日4g、分2)の投与を開始した患者#1と、非投与の患者#2の臨床経過が比較されました。 その結果、患者#1は、5日間のEPA投与後の7病日にはCOVID-19関連症状が消失し、全快しています。 一方、EPA非投与の患者#2は、18病日の時点で、症状の軽減を感じ始めたという経過でした。 この2症例は、家族であり、遺伝的背景や生活環境には共通点が多いと考えられます。 同期時にCOVID-19に罹患し、基礎疾患を有する患者#1のほうが早期に全快し、健康な若年者である患者#2が、症状の経過が長かったことが注目される点です。 オメガ3系脂肪酸の抗炎症作用を介した有用性が示唆されます。 3. オメガ3指数が高いとCOVID-19死亡率が低い:臨床研究 米国での予備的な臨床研究において、オメガ3指数(オメガ3インデックス, O3 I)が高いと、COVID-19での死亡率が低い傾向にあるという負の相関が示されています。 オメガ3指数(O3 I)は、赤血球膜中の総脂肪酸量に占めるEPAとDHAの割合を示す指標です。オメガ3指数が高いと、オメガ系必須脂肪酸の抗炎症作用により、COVID-19の重症化予防作用が期待できます。 そこで、COVID-19入院患者100人を対象に、入院時の採血からオメガ3指数(O3 I)を測定し、死亡率との関連が検証されました。 100人中14人が死亡しました。解析の結果、オメガ3指数が高いとCOVID-19死亡率が低いという有意な相関が見出されています(図)。4. COVID-19重症例でのオメガ3系脂肪酸の有用性:臨床試験 COVID-19重症例において、オメガ3系脂肪酸の有用性を示した臨床試験が報告されています。
具体的には、COVID-19重症患者128人を対象に、オメガ3系脂肪酸(EPA 400mg+DHA 200mg含有サプリメント)投与群42人と、対照群86人の2群について、14日間の投与が行われ、投与前後での検査値の変化や生存率等が調べられました(図)。オメガ3系脂肪酸投与群の28人と、対照群の73人のデータが解析された結果、1カ月生存率は、オメガ3系脂肪酸サプリメント投与群では21%(6人)であったのに対して、対照群では3%(2人)であり、サプリメント群のほうが高い生存率でした。
また、サプリメント群では、対照群に比べて、呼吸状態に関する数値や腎機能に関する検査値での改善が認められました。 これらの結果から、COVID-19重症患者でのオメガ3系脂肪酸サプリメントの有用性が示唆されます。
5. 嗅覚障害に対するオメガ3系脂肪酸の推奨 COVID-19患者の5%から85%に、嗅覚障害が認められます。
2021年1月(電子版は2020年8月)、イギリスの専門家パネルが、COVID-19に伴う新規発症の嗅覚障害に関して、ガイドラインを発表しました。
それによると、オメガ3系脂肪酸サプリメントは、COVID-19合併症としての嗅覚障害に関する検証は行われていないが、これまでに、嗅覚障害に対する一定のエビデンスが示されているとされました。
なお、現在、米国において、COVID-19に合併する嗅覚障害に対して、オメガ3系脂肪酸サプリメントを投与する臨床試験が進行中です。
オメガ3系脂肪酸の摂取方法
1. 摂取量 臨床研究でのオメガ3系脂肪酸の投与量は、1日あたり数百mgから1gあるいは2g程度が多くみられます。脂質異常症患者に対して、1日4gのDHAあるいはEPAを投与した臨床試験もあります。『日本人の食事摂取基準(2020年版)』では、「n-3系脂肪酸」として、下記の基準が設定されています。 ●n-3系脂肪酸摂取の1日あたりの目安量 <男性> 18〜49歳: 2.0g 50〜74歳: 2.2g 75歳以上: 2.1g <女性> 18〜49歳: 1.6g 50〜64歳: 1.9g 65〜74歳: 2.0g 75歳以上: 1.8g
2. 安全性 食品成分であり、安全性は高いといえます。目安量あるいは臨床試験での投与量に準じた摂取量であれば、特に問題となる有害事象は認められません。
おわりに
EPAやDHAなどのオメガ3系必須脂肪酸は、抗炎症や免疫調節を介した効果が知られており、動脈硬化性疾患から認知症にいたるまで、さまざまな疾患における有用性が示されています。COVID-19に関しては、観察研究において、オメガ3系脂肪酸によるCOVID-19発症リスク低減や死亡率の低下が示唆されました。また、臨床試験では、COVID-19重症例に対するオメガ3系脂肪酸投与による死亡率低下が認められました。
現時点でのエビデンスを考慮すると、ウィズ・コロナとなった今日、COVID-19対策として、オメガ3系脂肪酸の摂取は合理的な選択肢の一つと考えられます(図)。
さらに、公衆衛生学の視点からは、COVID-19だけではなく、今後、生じうる新興感染症への対策として、機能性食品の活用も重要な選択肢と考えられます。
参考文献
1) 蒲原聖可. 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の予防および治療に関するオメガ3系脂肪酸の臨床エビデンス. 医と食2021;13:57-64. 2) 蒲原聖可.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策としての機能性食品成分の有用性に関する臨床エビデンス:アップデート2021. Functional Food Research. 2021;17:75-104.2021年10月 公開