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子どもたちの食事の課題を嚥下・歯科、給食・食育の視点で考える
~ ILSI Japan公開セミナー第2回 レポート~

キーワード: 肥満症/メタボリックシンドローム 協会・賛助会員関連ニュース 抗加齢(アンチエイジング) 食生活

 健康・栄養・安全・環境にかかわる問題について科学的な視点から啓発活動を繰り広げているInternational Life Sciences Instituteの日本法人、特定非営利活動法人 国際生命科学研究機構(ILSI Japan)は10月23日「健康寿命延伸に向け、各世代で解決すべき課題と対策とは:小児期編」をテーマとする公開セミナーを開催しました。
 ILSI Japanはこれまでにもさまざまな学術セミナーを開催してきており、本年7月から新たに、栄養関連の課題を世代別に紐解いていく公開セミナーを開始。今回はその第2回目にあたります。
 子どもが健やかに育つための基本は「食べること」。本セミナーではまず、噛むこと・飲み込むこと、すなわち「摂食・嚥下」を専門とされている弘中祥司先生が、小児期(成長期)の食べること・食べさせることの課題と対策、さらには口腔機能と健康寿命延伸について解説しました。続いて食行動学がご専門の赤松利恵先生から、高度経済成長期から現在までの日本の子どもたちの給食を含めた食行動の変化と、これからの「小児期の食育」の課題が語られました。
 なお、本講演は2023年11月29日までオンデマンドで公開されています(有料)。
 ILSI Japan公開セミナー(ILSI Japan)

 シリーズ第1回「次世代の健康のための先制医療」

口腔機能の発達不全が引き起こす健康課題

昭和大学歯学部口腔衛生学講座 教授 弘中祥司先生

 近年、高齢者の口腔機能低下が「オーラルフレイル」として指摘されています。加齢とともに口腔機能が低下してくるのをいかに予防するという視点で語られることが多いのですが、弘中先生によればこの問題は、小児期に口腔機能をいかに発達させるかという課題と一対のものとして捉える必要があるようです。小児期に口腔機能を十分高めておけば、高齢期の加齢変化による摂食に関する問題の発生リスクを、ある程度抑制できると考えられるからです。

 ところが、日本歯科医師会が昨年公表した調査1では、口腔機能不全の疑いを示唆する症状(むせやすい、食べこぼしをする、飲み込みにくいなど)を有する割合が、10代で48.3%とほぼ半数に及んでいることがあきらかになっています。この背景には、子育てを取り巻く環境の変化があります。

 現在では、子育て世代の母親も仕事を抱えていることが多く、授乳や離乳食の支度、食べさせる世話などのすべてに、「時短」と「効率」が求められるようになりました。

 実際、厚生労働省の「乳幼児栄養調査」2をみると、子どもの食事で困っていることとして、「偏食」とともに「食べるのに時間がかかる」を挙げる保護者が多いという結果でした。

 弘中先生によると、子どもの「偏食」は、実はマニュアルどおりに離乳食を始めるのも一因になり得るとのことです。つまり、育児書に「離乳食は生後何カ月から」と書いてあれば、そのとおりに始めようとする保護者が多い。しかし、離乳食を始める時点で歯の萌出が始まっていなければ、野菜などの繊維質のものは噛めないため吐き出します。これを数回繰り返すと、その子どもは緑色のものを口にしようとしなくなってしまい、それが偏食につながるということだそうです。

 離乳食を始めるタイミングとして、欧米では「子どもが親の食事に興味を示した時」が多いのに比べて、日本では「生後〇カ月から」というパターン化された回答が主流という違いもあります。

 このほか、高齢者だけでなく子どもたちにおいても、全身の筋力と咬合力(噛む力)が相関することが示されています。

 すなわち、子どもの頃に口腔機能をしっかり発達させておくことが、高齢期の全身の健康に重要であって、かつ、全身の健康状態を維持しておくことが口腔機能にとって重要だということです3

■関連情報
1.日本歯科医師会調査「歯科医療に関する一般生活者意識調査」
 公益社団法人日本歯科医師会の「歯科医療に関する一般生活者意識調査」は、2005年か らほぼ隔年に実施されており、今回の第9回調査は、全国の15歳〜79歳の男女 10,000人を対象に、2022年8月に行われました。この調査結果の詳細が公開されています。
 10代の2人に1人が口腔の問題を経験

2.厚生労働省/平成27年(2015)度 乳幼児栄養調査結果の概要
 「乳幼児栄養調査」は、全国の乳幼児の栄養方法及び食事の状況等の実態を把握し、授乳・離乳の支援、乳幼児の食生活改善のための基礎資料を得ることを目的に実施された調査で、弘中先生が指摘された「現在子どもの食事について困っていること」の調査結果は下記のPDFのp.15に掲載されています。
 現在子どもの食事について困っていること

3.加齢による口腔機能の変化のイメージ
 厚生労働省「歯科医療について p.28」と農林水産省「令和2年度第2回食育推進評価専門委員会資料(食育における口腔機能の大切さ)p.5」に、中医協(中央社会保険医療協議会)資料として、加齢による口腔機能の変化のイメージが公開されています。
 厚生労働省「歯科医療について 」
 農林水産省「令和2年度第2回食育推進評価専門委員会資料

高度経済成長期の学校給食からみる子どもの体格と
これからの食育

お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系 教授 赤松利恵先生

 赤松先生は最初に、文部科学省の「学校保健統計」を基に10歳児の体格の経時的な変化をグラフ化したスライドを提示しました。それによると、高度経済成長期の1954~1973年の19年間で、10歳児の身長は男子6.9cm、女子は8.2cm延びたのに対して、1973~2021年の48年間での伸びは、それぞれ3.3cm、3.8cmと身長の成長が低下しているそうです。これは、高度経済成長期の栄養改善が我々日本人の体格をいかに大きくしたかを示しています。

 講演ではこの事実を背景に、赤松先生らによる最近の研究報告「高度経済成長期の学校給食」の内容が紹介されました

 学校給食は戦後まだ国全体が貧困にあえいでいた1954年にスタートしました。当時の給食の栄養素成分の基準を現在と比較すると、エネルギー量はあまり変わらないものの、脂質の割合が少なく(エネルギー比で10.5%)、カルシウムが多かったとのことがわかります。また、タンパク源として重宝された鯨肉は、安価かつ脂質が少ないという特徴があり、脱脂粉乳はエネルギー量が低いもののタンパク質量は牛乳と同等でした。

 赤松先生らは、このような時代の給食を食べていた子どもたちを対象とする定量的な研究と、給食の提供にかかわっていた学校栄養士を対象とするインタビューという定性的な研究を実施しています。この定量的な研究からは、当時の人気メニューは、揚げパン、カレー、鯨などであったことなどが確認されました。

 一方、定性的研究からは、高度経済成長期とは、日本の食文化が和食から洋食へと変化していった時期であったという事実が浮かび上がりました。

 例えば、今の子どもたちでは考えにくいことながら、マヨネーズを使った料理は食べ残しされることが多く、一方で味噌や醤油で味付けしたものが好まれていたことがわかりました。また、給食スタート時の子どもたちはみんな体格が小さかったのに、昭和40年代後半になると肥満児が現れ始め、栄養士たちは給食のせいではないかと危惧していたというエピソードも語られました。

 もちろん肥満児出現の原因は、主として家庭での料理や食行動が変化したからであり、「国民健康・栄養調査」データの経時的な解析からも、1555年を基準として1970年代の段階で既に、動物性脂肪の摂取量が約4倍に増えていたことがわかります。

 講演内では、このような変化の背景として、冷蔵庫や電子レンジ、冷凍食品の普及と、コンビニエンスストアやファストフード店の台頭などが想定されるとの考察が語られました。

 現在、国内では成人の肥満、とくに男性の肥満の増加が問題となっています。このような事態に対して、子どもの時点での食育の充実が大きな抑止力となることが期待されます。

■関連情報
4.高度経済成長期の学校給食(国立歴史民俗博物館研究報告 241 :149-179, 2023)
 本研究は抄録のみ公開されています。詳細をご覧になりたい方は歴史民俗博物館振興会にお問い合わせください(有料)。
 高度経済成長期の学校給食(抄録)

 本レポートはILSI Japanの許可を得て、一般社団法人日本生活習慣病予防協会が作成しました。

[mhlab]

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