2023年07月04日
次世代の健康のための先制医療~いま私たちがすべきこと~ ILSI Japan公開セミナーレポート~
セミナーの主題は、「健康寿命の延伸」の先制医療。生活習慣病の予防戦略はこれまで、合併症発症後の進行抑止のための治療(三次予防)、合併症を起こさないための治療(二次予防)、そして生活習慣病自体の発症を防ぐための「一次予防」と、より早めに手を打つように進歩してきました。しかし近年の研究からは、一部の生活習慣病のリスクは胎生期に既に始まっていることが示されています。
そのような超早期のリスクに対する先制医療の可能性について、講演内容の一部をご紹介します。
なお、本講演は2023年7月29日までオンデマンドで公開されています(有料)。
わが国妊婦の栄養管理の歴史の視点から
児の長期的な健康を考える
浜松医科大学産婦人科教授 伊東 宏晃 先生
妊孕性(妊娠する能力)のある世代の日本人女性はやせ願望が強く、さらに妊娠中にも極端な食事制限をしている人が少なくない。伊東宏晃先生は、まずその実態をデータとともに解説しました。
例えば、浜松市で行った調査では、妊娠中に昼食を欠食している女性や、1日わずか800kcal強しか摂っていない女性もいて、妊婦全体の平均でも、厚生労働省が推奨している摂取エネルギーに対して、妊娠中期で30%、後期で37%も低いとのことです。
それらの影響で、わが国の新生児の出生時体重は1980年頃を境に減少し、OECD加盟国の中で際立って低出生体重児出産率が高い状態にあります。
※1 参考情報
そして、出生時体重が低いことは、その児(子ども)の成人後の肥満やメタボリックシンドローム、心血管疾患などのリスクが高くなるという事実を、疫学データに基づき解説。現在、成人後の生活習慣病と言われる疾患のリスクが胎児期の母親の栄養環境によって規定されるとするこのような概念は、「DOHaD(ドーハード)」(developmental origins of health and diseaseの略)と呼ばれ、多くの研究が進められているとのことです。※2 参考情報
例えば、DOHaDに関する比較的新しい知見の一つとして、メタボリックシンドロームの肝臓における表現型である非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)との関連も示唆されています。日本ではなぜか、過去十数年という短期間のうちに、NAFLDの有病率が約2倍にも上昇しており、これに妊婦の摂取エネルギー不足が関係しているのではないかと考えられています。胎生期に成人後のNAFLDリスクの基盤が形成されるという病態に対して、伊東先生は胆汁酸を投与することでそのリスクを抑制できる可能性を報告しており、講演ではその研究成果の一端も紹介されました。
講演の最後に伊東先生は産婦人科医という立場から、「従来、母体栄養管理は妊娠糖尿病や妊娠高血圧症候群などのリスクを抑制し、周産期転帰を改善することを目指してきたが、今後は児の長期的な健康への影響も考慮した栄養管理が必要ではないか」と、これからの産婦人科医療の期待を語りました。
■参考情報※1:活力ある持続可能な社会の実現を目指す観点から、優先して取り組むべき栄養課題について(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/000761522.pdf"
※2:「お母さんのやせは次世代の生活習慣病のリスクを高めます ~公益財団法人骨粗鬆症財団オンライン公開講座が YouTubeで公開中!~
『妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針』の
活用について
国立健康・栄養研究所所長 瀧本 秀美 先生
『妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針』(厚生労働省)は、2006年に「『健やか親子21』推進検討会報告書」として公表されました。それから15年を経て2021年に改定されました。
改定案作成のための研究班(令和元年子ども子育て推進調査研究事業)の代表を務められた瀧本秀美先生によって、同指針の概要と、策定の背景が解説されました。
改定の大きなポイントとして瀧本先生は、「妊娠判明後からではなく、妊娠前から取り組むことを前面に打ち出した点だ」と語ります。その理由は、妊娠後の妊娠期間中に生活習慣を大きく変えることは困難であり、低体重状態で妊娠が成立・進行した場合に、早産や低出生体重児出産のリスクが高まるためとのことです。そしてさらに、伊東先生が解説した児の成長後の肥満などのリスク上昇の重要性を瀧本先生も強調。高止まりしている日本人若年女性の'やせ'の割合や、生殖年齢の女性の低栄養に警鐘を鳴らしました。
続いて、同食生活指針に掲げられている10項目それぞれについて、策定の背景とエビデンスの解説が加えられました。 例えば、主食による摂取エネルギー量の不足もさることながら、ビタミンやミネラルの供給源として重要な野菜の摂取量も若年女性は少なく、それに伴い、二分脊椎などにつながる神経管閉鎖障害リスクとなる葉酸不足が、長年にわたって葉酸摂取を推奨する啓発活動が行われていますが、とくに若年女性での認知が低いことが明らかです。
妊娠中の望ましい体重増加量については、2020年の日本産婦人科学会のガイドライン(産科編)を準じ、BMI18.5未満は12~15kg、同18.5~25未満は10~13kg、同25~30未満は7~10kgとされ、同30以上は個別対応(上限5kgまでが目安)となっています。
ただし、実際には体重増加が少なくても胎児発育が十分なことがあり、その反対のケースもあるため、個人差に配慮した対処が求められます。なお、悪阻(つわり)のために体重が減ったとしても、あくまで妊娠前からの体重変化幅を評価するとのことで、この点は誤解している妊婦さんが少なくありません。
このほかに、出産後の授乳期間中も栄養素の不足に注意が必要なこと、および、運動に関しては、国民・健康栄養調査の歩数調査では、妊娠可能年齢の年代の女性が、60歳以上の年代よりも少ないっていう状況が見られますが、エビデンスが少ないため、現時点では「無理なくからだを動かしましょう」というメッセージにとどめられたことなどが解説されました。
瀧本先生は、「この新しい指針では、妊娠前から健康な食生活に取り組むことの重要性を示すことができました。現在、食育が学校教育の中でも取り入れられていますが、今後の食育では、将来にわたる健康維持の視点を採り入れることが望まれる」と述べ講演を終えました。
■『妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針』(厚生労働省)https://www.mhlw.go.jp/content/000788598.pdf
本レポートはILSI Japanの許可を得て、一般社団法人日本生活習慣病予防協会が作成しました。