2017年09月26日
糖尿病合併症のバイオマーカー:GAの臨床的意義
キーワード: 糖尿病 CKD(慢性腎臓病) 動脈硬化 心筋梗塞/狭心症 脳梗塞/脳出血
糖尿病合併症のバイオマーカー:GAの臨床的意義
久山町研究から考える
第60回 日本糖尿病学会年次学術集会 ランチョンセミナー
糖尿病治療の目的は、糖尿病であっても糖尿病でない人と同じ寿命を達成しQOLを確保することである。より具体的には、血糖管理等による治療介入により合併症を抑止することにある。そしてその合併症は、細小血管症の時代、大血管症の時代を経て、現在は認知症と癌の時代に突入した。ともに危険因子の同定に長期観察が必要とされる疾患で、信頼性の高い研究が困難であり、その数は少ない。
そこで本講演では、規模と精緻度、歴史において世界に誇る疫学調査である久山町研究から、現時点における糖尿病合併症について、とくに認知症にスポットを当て、その予測因子としての血糖バイオマーカーの有用性・可能性を報告いただいた。演者は、久山生活習慣病研究所の代表理事、清原裕先生である。
演者:清原 裕 先生(公益社団法人 久山生活習慣病研究所 代表理事)
座長:難波 光義 先生(兵庫医科大学
病院 病院長)
久山町研究にみる糖代謝異常の頻度
疫学調査が進行中の福岡県久山町は、福岡市の東に隣接する人口が八千数百人規模の町である。過去50年間、人口構成や栄養摂取状況等が日本の平均と一致して変化しており、この町で起きている現象は日本全体に外挿可能と考えられる。1961年にスタートした久山町研究は常に健診受診率80%を目指し、高い精度を維持しつつ現在も継続中である。
久山町研究における糖尿病の頻度は人口の高齢化および生活習慣の欧米化とともに上昇しており、現在、糖代謝異常(糖尿病+境界型)は40歳以上の男性の2人に1人、女性の3人に1人に認められる1)。糖尿病の頻度は男性24.0%、女性13.4%にのぼる2)。この頻度は国民健康・栄養調査などに比べて高いが、その差異が生じた理由は、久山町では全対象者に75g経口糖負荷試験を行い糖尿病を判定していることによる。実際、久山町のデータを他の疫学調査と同様にヘモグロビン(Hb)A1cと糖尿病の病歴だけで判定すると、その頻度は同程度に低下する。
久山町の糖尿病頻度の推移を年齢別にみると、とくに高齢者層で増加が著しい2)。このことが後述の認知症や癌のリスク上昇に関わっていると考えられる。
細小血管症と血糖バイオマーカー
はじめに血糖バイオマーカーと細小血管症との関連について述べる。
現在の糖尿病の診断基準である空腹時血糖値126mg/dL以上、糖負荷後2時間血糖値200mg/dL以上という値は、網膜症出現の血糖閾値に関する海外の疫学データを基に求められたものである。そこで久山町の疫学データを用いて日本人における網膜症出現のカットオフ値を解析すると、空腹時血糖値は117mg/dL(感度82.7%、特異度86.6%)とやや低かったが、糖負荷後2時間血糖値は207mg/dL(90.4%、89.3%)で欧米の報告とほぼ同レベルであり、HbA1cは6.1%(86.5%、88.8%)、グリコアルブミン(GA)は17.0%(86.5%、89.0%)、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール(1,5-AG)は12.1μg/mL(78.8%、85.8%)であった3)。感度、特異度は糖負荷後2時間血糖値が最も高く、HbA1cとGAは同等といえる。
HbA1cとGAの網膜症の判別力については米国の大規模コホート研究であるARIC研究からも報告されている。
糖尿病網膜症の判別力をROC曲線下面積で比べると、年齢やBMIなど既知の危険因子によるAUCは0.744で、これにHbA1cを加えた場合0.805、GAを加えた場合0.811と両者とも同等に向上し(ともにp<0.001 vs 既知の危険因子のみ)、腎症についてもほぼ同様であった4)。以上より、細小血管症についてはHbA1cとGAは同レベルの判別力を有すると考えられる。
大血管症と血糖バイオマーカー
久山町研究ではすでに20年以上も前に、糖尿病のみならず耐糖能異常(IGT)の段階から心血管病リスクが有意に上昇することを報告した5)。HbA1cについては、脳梗塞のリスクが虚血性心疾患に比べより低いHbA1cレベルから上昇することも明らかにしてきた6)。残念ながら久山町研究には、他の血糖バイオマーカーと心血管病について検討した追跡データがまだないため、ここでは頸動脈エコーによる内膜中膜複合体(IMT)肥厚との関係をみた横断研究の成績を示す。
前述の各血糖マーカーのレベルを四分位にわけて、IMT肥厚(1mm以上)のオッズ比を算出すると、HbA1c、GAはともにIMT肥厚の有意な関連因子だった。ROC解析では、HbA1cとGAは同等の判別力を有していた(既知の危険因子のみのAUC0.719に対し、HbA1c追加で0.729、GA追加で0.728。ともにp=0.04 vs 既知の危険因子のみ)7)。同様の成績は前述のARIC研究の追跡調査でも認められている8)。
糖尿病合併症のバイオマーカー:GAの臨床的意義
久山町研究から考える
認知症と血糖バイオマーカー
地域住民における認知症有病率
久山町研究では、1985年から65歳以上の高齢者を対象に認知症の有病率調査および追跡調査を行っている。
1985年から2012年まで7年間隔で行った有病率調査(受診率90%以上)では、この間、認知症の有病率は6.7%から17.9%に急増した9)。認知症の病型別にみると、アルツハイマー病(AD)の有病率(性・年齢調整)は1985年の1.1%から2012年の7.1%に有意に上昇したが、血管性認知症およびその他の認知症の有病率に明らかな時代的変化は認めなかった。現在、日本の地域社会は認知症(とくにAD)患者であふれているのが実状である。
糖尿病と認知症の関連
AD患者が増加した要因を明らかにするために、60歳以上の久山町住民の追跡調査で耐糖能レベル(WHO基準)とAD発症との関係を検討した。
その結果、ADの発症リスクは糖代謝の悪化に伴い有意に増加した(図1a)10)。近年、国民レベルで糖尿病が急増したことが認知症、とくにADの増加をもたらしたと考えられる。
血糖レベルと認知症の関連
さらに、血糖レベルとADの発症リスクとの関係を検証した。
その結果、空腹時血糖値とAD発症との間には明らかな関連はみられなかった(図1b)が、糖負荷後2時間血糖値の増加とともにそのリスクが上昇し、すでにIGTのレベル(血糖値140-199mg/dL)と最低値レベル(119mg/dL以下)の間で有意差が存在した(図1c)10)。同様の関連は血管性認知症についても認められる。
この血糖値とADの関連については、久山町のMRIによる画像疫学や剖検脳の病理学検討でもこれを支持する知見が得られている。
久山町では2012年に高齢者1,238人の頭部MRIを撮影した。その検討では、糖尿病患者は非糖尿病者に比べ全脳萎縮の指標である頭蓋内容積に対する全脳容積の比が有意に小さく、とくに短期記憶に関わる海馬の萎縮(海馬容積/全脳容積比低下)が顕著だった(図2)11)。血糖レベル別にみると、空腹時血糖値は海馬萎縮とは関連せず、糖負荷後2時間血糖値が有意な関連を示した(図3)11)。
さらに久山町の剖検135例について、生前の血糖レベルと剖検脳におけるADの主座と考えられているアミロイドβが 蓄積した老人斑の形成との関連を調べた。その結果、やはり空腹時血糖値と老人斑との間に明らかな関連はみられなかったが、糖負荷後2時間血糖値の上昇は老人斑形成の有意な関連因子だった12)。
以上の成績は、認知症、とくにAD発症を予測するうえで糖負荷後2時間血糖値を評価することの重要性を物語っているといえよう。しかし、糖負荷試験は煩雑であり時間がかかることから、健診ではほとんど行われておらず、日常臨床でもその実施機会が少なくなっている。したがって、糖負荷後2時間血糖値に代わる、簡便に測定可能なバイオマーカーが必要と考えられる。
血糖バイオマーカーとアルツハイマー病の関連
そこで、2007年に設定した久山町の高齢者集団を5年間追跡した成績で、追跡開始時のHbA1c、GA、GAをHbA1cで除した値であるGA/HbA1c比、1,5-AGについてそれぞれを四分位のレベルでわけてAD発症との関連を検討し、バイオマーカーとしての意義を評価した。
その結果、性・年齢調整後のAD発症の発症率は、GAおよびGA/HbA1c比のレベルとともに上昇し(図4)、多変量調節後のハザード比はGA/HbA1c比でのみ有意な上昇を示した(図5)13)。
GA/HbA1c比は食後高血糖、あるいは血糖変動の指標と考えられている14, 15)。久山町の上記追跡調査における層別解析で糖代謝異常の有無別にみると、GA/HbA1c比とAD 発症の関係は正常耐糖能者でも認められた(図6)13)。また、食後高血糖の鋭敏な指標である1,5-AGがAD発症と関連しないことからも、GA/HbA1c比は食後高血糖より血糖変動を反映してAD発症と関連している可能性がある。AD発症のバイオマーカーとしてのGA/HbA1c比の意義は、そのメカニズムを含め今後さらに検討する必要がある。
糖尿病合併症のバイオマーカー:GAの臨床的意義
久山町研究から考える
癌と血糖バイオマーカー
近年、糖尿病と癌の関連が注目されているが、現在のところ癌を予測する血糖バイオマーカーに関する報告はほとんどない。久山町研究では、1988年の集団(40歳以上)を19年間追跡して耐糖能レベル(WHO基準)と癌死のリスクとの関連を検討し、糖尿病のみならず空腹時血糖異常(IFG)およびIGTレベルでもそのリスクが有意に上昇することを報告している(ハザード比:糖尿病2.1、IFG1.5、IGT1.5)16)。また、同集団の追跡調査でHbA1cレベルと胃癌発症のリスクとの関連を検討した結果、HbA1cが6.0〜6.9%の比較的低いレベルから胃癌のリスクが有意に上昇した17)。
血糖値および血糖バイオマーカーと癌の関連については、今後さらに検討すべき疫学研究および基礎的研究の課題として残されている。
参考文献
1) Hata J, et al. Circulation 128:1198-1205, 2013
2) Mukai N, et al. J Diabetes Invest 5:162-169, 2014
3) Mukai N, et al. Cardiovasc Diabetol 13:45, 2014
4) Selvin E, et al. Lancet Diabetes Endocrinol 2:279-288, 2014
5) Fujishima M, et al. Diabetes 45:S14-6, 1996
6) Ikeda F, et al. Cardiovasc Diabetol 12:164, 2013
7) Mukai N, et al. Cardiovasc Diabetol 14:84, 2015
8) Selvin E, et al. Circulation 132:269-277, 2015
9) Ohara T, et al. Neurology 88:1925-1932, 2017
10) Ohara T, et al. Neurology 77:1126-1134, 2011
11) Hirabayashi N, et al. Diabetes Care 39:1543-1549, 2016
12) Matsuzaki T, et al. Neurology 75:764-770, 2010
13) Mukai N, et al. J Clin Endocrinol Metab 102:3002-3010, 2017
14) Matsumoto H, et al. Intern Med 51:1315-1321, 2012
15) Ogawa A ,et al. PLoS ONE 7:e46517, 2012
16) Hirakawa Y, et al. Am J Epidemiol 176:856-864, 2012
17) Ikeda F, et al. Gastroenterology 136:1234-1241, 2009
初 出
第60回 日本糖尿病学会年次学術集会 ランチョンセミナー(2017年5月18日、名古屋)
演題:糖尿病合併症のバイオマーカー:GAの臨床的意義 久山町研究から考える Vol.2
座長:難波 光義 先生(兵庫医科大学病院 病院長)
演者:清原 裕 先生(公益社団法人 久山生活習慣病研究所 代表理事)
共催:旭化成ファーマ株式会社