2017年09月25日
急性心腎症候群の管理 〜虚血ストレスマーカー L-FABPの可能性〜
キーワード: 糖尿病 CKD(慢性腎臓病)
第81回 日本循環器学会学術集会(ランチョンセミナーより)
従来、腎機能が低下した結果として生じる血清クレアチニンの上昇や尿量低下を指標に急性腎不全を診断しているが、尿細管機能マーカーを用いることで、より早期の診断が可能になりつつある。2016年に策定された『AKI診療ガイドライン』においても新規バイオマーカーの有用性が取り上げられている。
本セミナーでは、急性心腎症候群アウトカム改善のために求められる的確な腎機能評価に向け、それらバイオマーカーの可能性を、日本医科大学武蔵小杉病院循環器内科教授/集中治療室室長の佐藤直樹氏に講演いただいた。
座長:古家 大祐 氏(金沢医科大学 糖尿病・内分泌内科学教授)
演者:佐藤 直樹 氏(日本医科大学武蔵小杉病院循環器内科教授/
集中治療室室長)
急性心不全は、ほぼ急性心腎症候群と同義と考え、治療戦略を立てる
我々が約10年前に開始した急性心不全の多施設共同調査「ATTENDレジストリー」の4,000人超の患者データを、単純に入院時のeGFR50mL/分/1.73m2で二分し院内死亡率を比較すると、それだけで2倍以上の開きが生じる(図1)。また生存退院し得ても腎機能障害(eGFR<60mL/分/1.73m2)が残存していると、1年後の死亡または再入院率が20%と予後不良である1)。このようなデータから言えることは、急性心不全はほぼ急性心腎症候群と同義だということであり、そのように捉えて治療戦略を立てなければ予後の改善は期待できない。そこで本日は、日本腎臓学会、日本集中治療医学会など5学会共同で2016年に策定された『AKI診断ガイドライン2016』を随時参照しながら急性心不全のマネジメントを考えてみたい。
〔PLoS ONE 9(9):e105596,2014〕
図1 ATTENDレジストリーにおける入院時eGFRと院内死亡率の関係腎機能低下を確認してAKI発症を判断するという診断法への疑問
まずAKIの診断については、RIFLEやAKIN、KDIGOという基準がある中で、予後予測に優れるとの理由から同ガイドラインはKDIGO基準を推奨している。ただし、それら基準のいずれも血清クレアチニンと尿量を参考に診断する。つまり、血清クレアチニンが上がるか尿量が減らなければAKIを判断できないのだ。このことに「果たしてそれでいいのか」という強い疑問を個人的に抱いている。本来ならより早期に判別可能なマーカー、特に腎尿細管機能のマーカーとセットで診断すべきではないだろうか。
ところで、急性心不全は英語でいうと“Acute Heart Failure Syndromes”となり、‘Syndrome’にさらに‘s’が付くほど複雑な病態だ。しかし、あえてシンプルに理解するなら、心原性の肺水腫、全身的な溢水、そして低心拍出に伴う低灌流という三つの表現型に集約できる。目の前の患者がこの三つのうちどの要素が強いのか判断し、時間経過や治療介入により変わっていく病態を逐次再評価して、治療をアレンジしていくというのが急性期医療だ。
そのような流れの中、腎臓の変化をどう見抜いていくかが鍵となる。中でも近年、急性期におけるうっ血の重要性を再認識させる報告が増えている。例えば我々のATTENDにおいても頸静脈怒張と下腿浮腫がともにあれば院内総死亡率および心臓死がともに倍に跳ね上がる2)。また、EVEREST研究などでも同様の報告がある3)。水をしっかり引くことがいかに大切かということだ。
急性心腎症候群において血行動態を左右する諸因子
では、急性心不全ではどのように腎機能が低下するのだろうか。考えられるメカニズムを表1にまとめた。このような多くの要因が複雑に絡み合って急性心腎症候群が起きてくるわけだ。これらの要因の中で血行動態に関するものについて順に掘り下げてみたい。
- 血行動態 / 病態生理学的因子
- 低酸素血症
- 腎臓うっ血
- 腹腔内圧
- 低心拍出量
- 体液性因子
- アデノシン遊離
- 神経ホルモン異常(アドレナリン、アトロピン、エンドセリン、他)
- 内因性血管拡張因子の放出/感受性の変化(Na利尿ペプチド、一酸化窒素)
- 心不全に関連する神経ホルモン活性による無症候性の腎機能低下
- 血圧低下
- 過剰な利尿に伴う血液量減少
- ループ利尿薬用量
- ACE阻害薬の早期導入
- 腎血管硬化症
- 糖尿病
- 腎機能低下の既往
まずは低酸素血症だが、急性心不全患者の6割以上が起坐呼吸を呈して入院するとされ、低酸素状態にさらされている。東京CCUネットワークのデータでは救急要請からの搬送時間が45分を超えると院内死亡率がほぼ倍になり4)、患者をいかに早く低酸素状態から回復させるかが重要であるとわかる。
次に腎臓うっ血だが、これが注目されるようになったのは2009年に、心不全患者のWRF(worsening renal function)にとって中心静脈圧の上昇が重要なファクターであることが報告されてからである5)。この論文に続き、ラットの下大静脈を結紮すると腎近位尿細管が腫れ、結紮解除により腫れが引くといった実験レベルの報告もなされている6)。
次の腹腔内圧に関しては、救急領域では古くから平均動脈圧と腹腔内圧からGFRを推定する計算式もあるほど、腎機能との関連が深い。腹腔内圧が8mmHgを超えただけで腎機能低下が有意になるとする報告もある7)。
さらに低心拍出量については、心不全患者の1割が該当し、血圧100mmHg未満でCCUに入った患者の院内死亡率は20%に及ぶことが、世界中の心不全レジストリーにほぼ共通するデータとして知られている。ただしこのような腎前性の機序で腎機能低下が進行するケースは決して多くはなく、先に述べた低酸素や臓器うっ血等の複合的な要因が重複していることが多く、それをどう評価するかが問題となる。
急性期医療においては時間軸が極めて重要なファクターである
このように数々のファクターが介在する急性心腎症候群にはそれだけ多角的な治療が求められるわけだが、同時に重要なことは、時間軸を念頭におくことである。
ATTENDレジストリーの急性心不全入院患者を、24時間以内に強心薬を用いた患者とそうでない者に分けると、院内死亡率、180日予後のいずれも有意差があり8)、米国の10万例を超える心不全レジストリーからも同様のデータが報告されている9)。このような知見を反映し、2016年に改訂された欧州心臓病学会の心不全ガイドラインも、時間軸を考慮した治療が強調されたものになった10)。腎機能の低下が心不全を悪化させ、そのために腎機能がさらに低下するという悪循環を早期に遮断しなければならない。
では、少しでも早く治療を開始し血圧を急速に下げれば良いのかというとそうではない。急激に血圧を下げれば当然のように尿量の減少が起きGFRは低下する。それをできるだけ回避しつつ腎保護のための適切な血圧を保つ必要がある。しかしその’適切な血圧’は腎臓の状態によって変化し、事前に見抜くことはできない。だからこそ迅速なバイオマーカーが必要になるわけだ。
新規バイオマーカーを用いて、AKIを“aborted AKI”にできないか?
かつて、急性心筋梗塞を超早期に検出しCKが上がる前の治療をめざす“aborted AMI”という概念が提唱されたことがあるが、AKIについても何らかのバイオマーカーで検出し的確に介入すれば、血清クレアチニンを上昇させない予防的治療も可能であろう。いわば“aborted AKI”である(図2)。このような中、KDIGOのAKIガイドラインでは注目のマーカーの一つとしてL-FABPを取り上げている11)。
L-FABPは、虚血や低灌流の影響を最も受けやすいとされる腎尿細管のストレスマーカーだ。東大の土井先生らの報告からは、数種のAKI新規バイオマーカーの中でL-FABPは比較的有用性が高いことが見てとれる(図3)。
L-FABPと他のマーカーとの違いが何かというと、β2MGやNAGなどのマーカーは尿細管“障害”マーカーであるのに対し、L-FABPは虚血や低灌流により発生する過酸化脂質を尿中に排泄する役目を担う“ストレス”マーカーであるという点である。つまり、尿細管障害が起きる前にL-FABPを下げるような治療を行えば、AKIをabortできるかもしれないわけだ。
幸い日本ではANP、カルペリチドという薬剤を使用できる。急性心不全に対するカルペリチドの有用性を評価した我々の検討からは、同薬が対照の硝酸薬に比し有意にL-FABPを抑制することが示された(図4)。また我々は心不全治療では使われるもののAKI領域では否定的に扱われているドパミンについて、腎臓に対しても保護的に作用する可能性があることを、L-FABPを用いた検討から報告している12)。
L-FABPによる急性心腎症候群の早期診断と予後予測の可能性
このように、我々は既にバイオマーカーを手にしているのだが適切な使い方を必ずしも把握できておらず、目の前の患者に十分適応できずにいた。しかし冒頭に述べた、2016年に策定された5学会共同の「AKI診断ガイドライン」においてL-FABPが早期診断マーカーとして推奨され、臨床での位置付けが明確になった(表2)。
尿中NGAL、L-FABPはAKIの早期診断に有用な可能性があり測定することを提案する。尿中シスタチンCの有用性は限定的で明確な推奨はできない。
尿中NGAL、尿中L-FABP:推奨の強さ2 エビデンスの強さB尿中シスタチンC:推奨の強さなし エビデンスの強さC
シスタチンCに対する評価は1編のシステマティックレビュー/メタ解析に限られており、AKIの早期診断マーカーとしての有用性は限定的であった。
早期診断だけでなく予後予測におけるL-FABPの有用性も我々は報告している。小規模な検討ながら、急性心不全患者連続20例をL-FABP4ng/mLをカットオフ値とし二分したところ、L-FABP陽性群では4例がAKIを発症した一方で、L-FABP陰性群のAKI発症は1例にとどまった。しかもその1例は血清クレアチニンがちょうど0.3mg/dL上昇しただけで尿量減少もなく短期間で回復した一時的腎機能低下症例だった(図5)。
またさらに、最近L-FABPをpoint of careで測定できる迅速診断キットも登場した。その有用性はこれから検証が必要な段階ではあるが、少なくともこれまで迅速に測定できるマーカーがなかったことから考えると、急性心腎症候群のマネジメントに一つの大きな光を与えてくれると思う。
血清クレアチニンや尿量でなくL-FABPを指標として介入することで、たとえover triageになったとしても、AKIをかなりの率で防ぐことができるようになるのではないかと期待している。
参考文献
1) Clin J Am Soc Nephrol 9:1912-1921,2014
2) PLoS ONE 9:e105596,2014
3) Eur Heart J 34:835-843,2013
4) J Card fail 17:742-747,2011
5) J Am Coll Cardiol 53:789-596,2009
6) Med Mol Moephol 48:92-103,2015
7) J Am Coll Cardiol 51:300-306,2008
8) Jpn Circ Soc 76:S-353,2013
9) Congest Heart Fail 15:256-264,2009
10) Intensive Care Med 42:147-163,2016
11) Kidney int 2(Suppl 2):1-138,2012
12) J Cardiovasc Pharmacol 65:282-288,2015
初 出
第81回 日本循環器学会学術集会
ランチョンセミナー 58 第12会場(金沢都ホテル 飛翔の間)
演題:急性心腎症候群の管理〜虚血ストレスマーカー L-FABPの可能性〜
座長:古家 大祐 氏(金沢医科大学 糖尿病・内分泌内科学教授)
演者:佐藤 直樹 氏(日本医科大学武蔵小杉病院循環器内科教授/
集中治療室室長)
共催:シミックホールディングス株式会社、積水メディカル株式会社