宮崎 滋 先生(日本生活習慣病予防協会 理事長、公益財団法人結核予防会理事・総合健診推進センター長)
今回の全国生活習慣病予防月間2024の強化テーマは「少食で腸活」です。お二人の先生に腸内細菌に関するお話を伺います。腸内細菌に関しては、私も研修医の頃に大変困った思い出があります。
その頃、私は白血病の患者さんを担当していたのですが、患者さんが熱が出たので血液培養を行ったのですが、バクテロイデスという細菌が出てきました。これは何だろうと指導医に聞いたところ、免疫が落ちると悪さをする腸内の日和見菌だと教えていただきました。それで、腸内細菌というのは悪いやつだとずっと思っておりました。ところが、ここ何年かの間に、腸内細菌が大変我々に良いことをしているというようなお話がどんどん出てきました。悪者かあるいは、健康とはあまり関係ないと思っていた腸内細菌が、これほど我々の生活の中に大事なものであったのか、健康にとって大事なものであったかということを、最近やっと気づきました。
本日は皆様にも、腸内細菌に関してぜひ理解を深めていただければと思います。
蒲池 桂子 先生(女子栄養大学 栄養クリニック 教授、当協会 理事)
大阪の万博開催が来年に迫ってきましたが、半世紀以上前の1970年にも大阪で万博が開催されました。蒲池先生によるとその1970年は、日本人の食生活の欧米化が顕在化しはじめた年とのことです。それ以降、炭水化物の摂取量は減り脂質が増えているようです。しかしそのような栄養バランスの変化だけではなく、「和食」の重要な要素であるしつらえや挨拶が失われつつあることも、大きな変化でした。
しつらえとは、「いただきます」といった挨拶を含めた食事のマナーや雰囲気などのことです。そのようなしつらえが、実は健康にとって意外なほど大切なことだと蒲池先生は指摘します。また、「腸活」という視点から、野菜摂取の重要性を強調。例えば、女性は更年期を境に加齢変化が目立ちやすくなりますが、野菜を多く食べることで肌つやを落とさずに体重や検査データを改善できるそうです。
講演ではそのほかに、塩を使わず簡単に料理をおいしくできる裏技、“みそ汁にトマト!”といった先生のおすすめなど紹介されました。(収録時間:25:46)
内藤 裕二 先生(京都府立医科大学大学院 医学研究科 生体免疫栄養学 教授)
講演2は腸内細菌研究の第一人者である内藤先生が登壇します。前半では、現在の日本の健康問題と腸内細菌との関連について、後半は腸内細菌からみて「一無、二少、三多」は正しいのか、という当協会にとっては刺激的なテーマでご講演いただきましたが、内藤先生の楽しいトークを交えた検証で、腸内細菌が健康に果たす役割をよく理解できる内容となりました。
Part1:腸内フローラと健康長寿
Part1では、胃や腸などの消化管と腸内細菌が健康長寿に果たす役割が解説されます。胃や腸といった消化器が、食べた物を消化・吸収する臓器であることは誰でも知っていますが、それだけでなく、ホルモンの分泌や免疫、炎症、認知機能などにも深くかかわっていて、その多くが腸内フローラの働きを介したもののようです。
また、日本人の死因はかつて、がん、心臓病、脳卒中、肺炎がトップを占めていましたが、近年では老衰が3位まで順位を上げてきたことを指摘。老衰の一歩手前の「フレイル」という状態の改善や予防の重要性を強調し、そのフレイルにも腸内細菌が深く関係していることをデータで示されます。例えば、百寿者が全国平均の約3倍も多く「長寿の街」と呼ばれている京丹後市の住民と京都市の住民の腸内細菌を比べると、いくつかの細菌の割合が明らかに違うそうです。
長寿に伴うフレイルという問題を解決する鍵は、腸内細菌にあるのかもしれません。(収録時間:15:52)
Part 2:一無、二少、三多を“腸”から紐解く
Part 2は、当協会の根幹とも言うべき「一無、二少、三多」という健康スローガンが、最新の腸内細菌研究の成果と照らし合わせて正しいかが検証されます。判定の結果はぜひ動画をご覧いただくとして、ここでは、その検証の過程で示されるエビデンスをいくつか紹介します。
糖尿病に関連する臓器と言えば、通常は膵臓や肝臓を思い浮かべるでしょう。しかし最近、十二指腸に熱を加えるなどしてその細菌叢を変化させると、血糖値が改善するという研究結果が報告されたそうです。また、加糖飲料がエネルギー過多を介して肥満や脂肪肝を招くという考え方は古くからありますが、腸内細菌が過剰な糖を利用して微量のアルコールを作り出し、アルコールが代謝されにくい日本人の肝機能異常の一因となっている可能性も示唆されているとのことです。
ほかにも、活発な運動をしている人からの糞便移植によるアルツハイマー病治療の研究など、腸内細菌研究の最前線に触れることができる内容です。(収録時間:34:42)
司会:宮崎 滋 先生
パネリスト:内藤 裕二 先生、蒲池 桂子 先生、吉田 博 先生
続いて行われた総合討論には吉田博先生が加わり、宮崎滋理事長の司会により進行しました。
吉田先生からの「腸内細菌からみた至適の栄養バランスとは?」との疑問に対して内藤先生は、京丹後長寿研究からの知見として、「タンパク質量はわずかに影響があるようだが、重要なのは動物性タンパク質ではなく、植物性タンパク質のようだ。糖質と脂質はほとんど関係ない。むしろ、食物繊維やミネラル、ビタミンの摂取量の差が認められる」と回答。また、その食物繊維は、健康上のメリットが強調されることの多い緑黄色野菜ではなく、「その他の野菜」としてまとめられるような、例えば根菜類の摂取量の違いが大きいとのことです。
これに関連して蒲池先生は、「これからの栄養指導は、腸内細菌叢をいかに整えるかを目的とするものへと、内容が大きく変わっていくのかもしれない」と、研究成果の臨床応用に期待を示しました。(収録時間:30:07) ※ブルーゾーン:世界の5大長寿地域
特別発言:和田 高士 先生(当協会副理事長、東京慈恵会医科大学客員教授)、田中 喜代次 先生(当協会理事、筑波大学名誉教授)
吉田 博 先生(東京慈恵会医科大学附属柏病院 病院長・教授、当協会 専務理事)
私は栄養科学の教育も担当していますが、その栄養科学で講義する内容が、本日のご講演の内容で来年から部分的に変わるのではないかと思えるほどドラマチックな情報が多くございました。いずれにしましても、栄養分野のさらなる発展が期待される講演であったと思います。
私は本日、勤務する大学の最寄りである御成門駅のあたりから歩いて会場に参りましたが、歩くのは矢張りいいなと感じながらも、何かもの足りないなと思ったのです。それは1人で歩いていたことです。やっぱり仲間がいて、一緒に歩いた方がもっと楽しかっただろうなと改めて思いました。コロナ禍では行動制限もありましたが、ようやく皆で集って楽しめるときが戻ってきました。楽しむ、それも健康には必要なことだと思います。さて、いよいよ1万円札のお顔が渋沢栄一氏に代わりますが、渋沢氏の言葉の中で、私が一番大切にしているものがあります。それは「人の一番の幸せは楽しく生きること」です。楽しく生きるために様々な努力も伴いますが、楽しく営むことが一番大事なのだと思っております。「楽しく生きること」を長続きさせるものが当協会の健康スローガン「一無、二少、三多」であろうと思います。
当協会のスローガンが人々の健康にこれからも役立っていくことを祈念しています。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。