はじめに
日本生活習慣病予防協会では、喫煙という生活習慣は“無”で「無煙」でなければならないと考えている。2020年東京オリンピックに向けて、日本でも受動喫煙防止法について、ようやく真剣に検討をはじめた。日本における受動喫煙の状況を見ながら、世界では常識となった「受動喫煙防止法」について考えてみたい。
1.日本における受動喫煙被害の現状
(1)国民健康・栄養調査
平成28年11月に発表された平成27年の国民健康・栄養調査では、喫煙率は18.2%で男性30.1%、女性7.9%と減少傾向だ(図1・図2)。
図1 現在習慣的に喫煙している者の割合の年次推移(20歳以上)
(平成27年 国民健康・栄養調査より)
図2 年齢調整した、現在習慣的に喫煙している者の
割合の年次推移(20歳以上)
(平成27年 国民健康・栄養調査より)
一方、受動喫煙の機会については、飲食店が41.4%と最多であり、職場でも30.9%の人が受動喫煙を受けていると回答している。また、最も改善が望まれているのも飲食店で、35.0%と最多であった。
日本では「吸わせるのがおもてなし」と勘違いされているが、いまや日本人の8割以上はタバコを吸わないという事実を、飲食業界の経営陣も考え直すべきであろう。
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(2)厚生労働省研究班の研究結果
平成28年5月31日の世界禁煙デーに、同研究班は「日本では年間に1万5千人が受動喫煙により死亡している」という推計を発表した。これは、交通事故による年間死亡者数約4千人の4倍近くに相当する数であり、日本の受動喫煙防止対策の遅れを露呈した形となっている。
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(3)厚生労働省の報告書(たばこ白書)
厚生労働省は、平成27年9月2日に喫煙の健康影響に関する報告書(たばこ白書)を15年ぶりに改訂して発表した。
同報告書は、同年8月31日の有識者検討会で最終的に了承されたが、国内外の約1600本の論文を詳細に解析した結果、喫煙と22の疾患・病態との因果関係が「確実」とされ、受動喫煙と7つの疾患・病態との因果関係も「確実」とされた(表1、表2)。
- がん(10カ所のがんで「確実」)※
- がん死亡
- がん患者の二次がん罹患
- 虚血性心疾患
- 脳卒中
- 腹部大動脈瘤
- 末梢の動脈硬化症
- 慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 呼吸機能の低下
- 結核による死亡
- 2型糖尿病の発症
- 歯周病
- ニコチン依存症
※がん(10カ所):肺、口腔・咽頭、咽頭、鼻腔・副鼻腔、食道、胃、肝臓、膵臓、膀胱、子宮
- 肺がん
- 虚血性心疾患
- 脳卒中
- 臭気・鼻への刺激感
- 小児喘息
- 乳幼児突然死症候群(SIDS)(受動喫煙、妊婦の喫煙)
受動喫煙との因果関係では、肺がん、虚血性心疾患、脳卒中、鼻への刺激・不快感、小児喘息、乳幼児突然死症候群との因果関係が「確実」とされ、特に乳幼児突然死症候群は出生後の受動喫煙だけでなく、妊娠中の妊婦の喫煙によっても増加することが「確実」とされた。
また、同報告書では、日本の受動喫煙防止対策には罰則付きの法規制がなく「世界最低レベル」であることも指摘されている。
2.受動喫煙防止法制定の必要性
(1)オリンピックと受動喫煙防止法
2020年に東京オリンピック・パラリンピックが開催されるが、国際オリンピック委員会(IOC:international Olympic committee)とWHOは、タバコのないオリンピック大会を開催することで協定を結んでいる。オリンピックはスポーツの祭典であるが、健康の祭典でもあるべきとの考えから、1988年冬季のカルガリー大会以降は、タバコフリー宣言をしてきた。スポーツが期せずして、タバコや他の不健康な商品の販売促進につながることがないよう、オリンピック会場内は全面禁煙とされ、会場内でのタバコ販売も禁止されているほか、タバコ会社が大会や選手のスポンサーになることも禁止されている。昭和39年(1964)の東京オリンピックでは、オリンピックのロゴマーク入りのタバコパッケージで記念タバコが販売されたが、当然ながら現在は禁止されている。
2002年のソルトレイクシティ大会以降は、開催地に受動喫煙防止法や条例が新たに制定されてきた。2010年7月21日にWHOとIOCの間で「健康的な生活習慣を推進する同意書」が交わされたが、ここにも「タバコのないオリンピック大会」を開催することが盛り込まれている。
近年のオリンピック開催都市では、すべて受動喫煙防止法・条例が、新たに制定されてきた(表3)。2012年のロンドン、2016年のリオデジャネイロでも、日本で言えば「立ち飲み居酒屋」に相当するパブですら屋内禁煙である。さらに、屋外でも「屋根がある場所は禁煙」と大変分かりやすく、テラス席も屋根があれば禁煙、パラソルが付いたテーブル席も禁煙である。
表3 オリンピック開催地と受動喫煙防止法開催年 | 開催都市 | 根拠 制定年 |
開催都市決定年 | 内 容 | 罰 則 |
---|---|---|---|---|---|
2004 | アテネ | 法 2000 |
1997 | 【禁煙】医療施設、飲食店、職場等 | 有 |
2006 | トリノ (冬季) |
法 2005 |
1999 | 【禁煙】医療施設 【分煙】官公庁、教育施設、飲食店等 |
有 |
2008 | 北京 | 市条例 2008 |
2003 | 【禁煙】医療施設、教育施設 【分煙】官公庁、飲食店等 |
有 |
2010 | バンクーバー (冬季) |
州法 2008 |
2003 | 【禁煙】公共施設、職場、飲食店等 | 有 |
2012 | ロンドン | 法 2006 |
2005 | 【禁煙】公共施設、飲食店等 | 有 |
2014 | ソチ (冬季) |
法 2013 |
2007 | 【禁煙】官公庁、医療施設、教育施設 飲食店等は対象外 |
有 |
2016 | リオデジャネイロ | 州法 2009(8/7) |
2009(10/2) | 【禁煙】公共施設、飲食店等 | 有 |
(東京都福祉保健局 第1回受動喫煙防止対策委員会(参考資料4)より)
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(2)厚生労働省の対策強化案(たたき台)
2020年東京オリンピックに向けて、政府も受動喫煙防止対策の強化について真剣に検討を始めた。平成28年10月に厚生労働省から提出された“たたき台(表4)”では、医療機関と小・中・高校は「敷地内禁煙」、官公庁や福祉施設、運動施設、大学は「建物内禁煙」、飲食店やオフィスなどは「原則建物内禁煙」として一定基準を満たす喫煙室設置を認める方針となっている。この案は、近年のオリンピック開催地と比較すると甘い部類に入る。
表4 受動喫煙防止法への厚労省案(たたき台)官公庁 | 建物内禁煙 |
社会福祉施設 | 建物内禁煙 |
運動施設 | 建物内禁煙 |
医療機関 | 敷地内禁煙 |
小学校、中学校、高校 | 敷地内禁煙 |
大学 | 建物内禁煙 |
サービス業 飲食店、ホテル・旅館(ロビーほか共用部分)等のサービス業施設 |
原則建物内禁煙(喫煙室設置可) |
事務所(職場) | 原則建物内禁煙(喫煙室設置可) |
ビル等の共用部分 | 原則建物内禁煙(喫煙室設置可) |
駅、空港ビル、船着場、バスターミナル | 原則建物内禁煙(喫煙室設置可) |
バス、タクシー | 乗物内禁煙 |
鉄道、船舶 | 原則乗物内禁煙(喫煙室設置可) |
((厚生労働省「受動喫煙防止対策の強化について(たたき台)より)
ちなみに、日本のように飲食店で「喫煙席」が許されている国は1つもない。海外で言う「分煙」は、建物内で飲食店とは別の場所に喫煙室が設置された状態のことである。
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(3)他国での受動喫煙防止法
世界では現在、50か国以上で受動喫煙防止法・条例が制定されており、アジアでもタイ、ベトナム、カンボジア、シンガポール、マレーシア、台湾、インド、パキスタン、バングラディッシュなど、ほとんどの国が、飲食店やバーも含めて屋内禁煙である。ブータンではタバコの製造・販売も禁止されている。
近年では韓国、ロシア、中国といった喫煙率の高い国々でも、受動喫煙防止法が制定されている。いまや受動喫煙防止法がない主要国は、ほとんど存在しない(図3、図4)。
図3 50カ国以上が受動喫煙防止を制定
図4 今や受動喫煙防止法がない国は、珍しい
北京市は 2015年6月 施行。ロシアは 2014年6月施行。モンゴルも 2013年3月に施行。韓国は 2012年12月 施行
さいごに
2020年東京オリンピックまでに、日本でも国際水準の受動喫煙防止法や条例の制定が不可欠である。また、東京オリンピックの会場は、競技によって千葉、埼玉、神奈川、静岡などの近県に分散する予定で、特にサッカーは全国各地で開催されるため、東京都の条例ではなく、日本の法律として制定することが求められるであろう。